ショートショート

2021/09/15

額田王に三途の川を渡らされそうになった話


 森の中を走りながらしきりに思った。
 愚かしい。じつに愚かしい。愚かしいことばかりで、いい加減呆れ果てた。目にするもの、耳に聞えるもの、どれもこれも気に入らぬものばかりだ。
 おのれの意にそぐわぬものへ忽ち鎌首をもたげる批判的・好戦的感情、これは生まれついてのものなんだろうか?
 おれはひとりの修羅 ――。
 ああ、修羅の歌が聞える。

 ・・・ 気層のひかりの底 唾(つばき)し 歯ぎしり行き来する おれはひとりの修羅 ・・・

 いや、違う、おれの修羅はそんなに内省的ではない。攻撃的で、どす黒い性根だ。
 おれの脳内ではドーパミンが、闘争心の報酬回路にばかり優先的に作用しているのだろうか。

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 おっ、木々の枝から枝へ飛び回っている、あれは ・・・ 鳥? ・・・ 猿? ・・・
「見えるか、遊走子よ」
「なんだタルホじゃないか」
 エンジンの爆音とともに双葉翼の飛行機で頭上を旋回しながら発する足穂の声が梢の上から降ってきた。
「あれはみんな鬼だ。小さな鬼。お主の心の内に潜み、駆けずりまわっている鬼、すなわち悪よ」
「鬼が悪、おれの悪だって?」
「ああ、よく見るがいい。お主が俗世でなしてきた悪業の数々。もう、精算の時だぞ」

 爆音が遠のいていったと思ったら、森の奥から声がする。
 足穂のだみ声とは全くちがう、艷めかしい、歌うような声。

 ・・・ にきた津に 船乗りせむと 月待てば ・・・

 誘っているのか。森の奥へ。

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 船着き場だ。船べりで女が手招きしている。

 ・・・ 潮も かなひぬ 今は 漕ぎいでな ・・・

 船出? あれはひょっとして額田の? ・・・
「さあ、お乗りなさい。あなたがこれから過ごすべき、林住期にふさわしいところへお連れします」
 水面を見ると小さなたくさんの鬼たちの跋扈する姿が映っている。
「そこでこいつら悪業をみんなチャラにできるってのか?」
 女はただ微笑み、誘う。
「さあ、お乗りなさい」

 どこか解らぬが、林住の時を過ごし、やがて遊行の季節に入るのか ・・・
 顧みれば、学生期・家住期はとうに過ぎている。
 
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「おや、百閒先生じゃありませんか」
 船着き場のカフェで先生がビールを飲んでいる。
(この間会ったのはコロナ退治のときだった。)
「こんなところで何をしてるんです?」
「この川を渡りたくないのじゃ」
「どうしてです?」
「イヤだからイヤなんじゃ」

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 向う岸に人影が見える。
 あれはついこの間、長い闘病生活の末に逝ったOじゃないか。
 その隣にE、かれは去年だった。
 その隣は一昨年突然死したK、その後ろに、・・・ああ、I、・・・ それからH ・・・ みんな昔の仲間じゃないか。

 Aがやって来た。
「何してんだ、遊走子。乗り遅れるぞ」
「この川 ・・・」
「三途の川だよ。何を今更。小鬼たち全員連れて行くんだぞ」
「お前、知ってるのか、鬼たちのこと?」
「おれが知ってるわけないだろ。お前が生み出したお前の悪だ」
 奴はただの(しかし面倒見のいい)学級委員だっけな。
 おれは自分の悪を告白しない。ずっと黙って墓場まで持って行くんだ。

 しかし、それにしてもたくさんあるな。
 ひとつひとつ、他人には語りたくないこと、やけにハッキリ思い起こせる。
 眼を閉じれば関係する人々の顔まで(むろん当時のまま)、明瞭に瞼裏に浮かべられる。

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「百閒先生 ・・・」
 空になったビール瓶が何本もテーブルの上に並んでいる。
「うるさい。だから言ってるだろ ! わしはイヤだからイヤなんじゃ。まだここで飲んどるわい」

 ふたたび爆音がしたので見上げるとお月さまが出ている。
 タルホがピストルで狙いをつけているかもしれない、そのうちここへ落ちてるかもしれない、そう確信される。
 なんだかひどく哀しい気がした。

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2021/08/29

白昼夢

 猛々しい暑さと熟眠の得られぬ夜が続いたせいだろう、朝、覚醒したのちも疲労感が身体中にまつわりついている。
 ヨッコラショとソファーに四肢を投げ出し、その疲労の放縦にグダグダと身をゆだねる。
 目を閉じて、全身が、脳みそを含めて、疲労の湯舟に浸り、疲労と馴れ合ってゆくのを、瞼の裏の闇の中、ちょっと離れた上の方から眺める。
 ああ、あれがおれに憑りついている疲労だ。

 眼を開き、膝の上に広げた稲垣足穂の字面をたどりだすとすぐに眠気に誘われ、この身は、意識は、眠りの海に沈み、間もなく(たぶん5分か10分ののち)、覚醒状態にもどる。
 ふたたび足穂に目を落とすとすぐに眠気が勝ち、・・・・・・ そうして、眠りの海の浅瀬を沈んだり、浮かんだりとくりかえすたびに、熟眠不足の感覚は少しずつ、少しずつ解消されてゆくのがわかる。

 何度目か海面に顔を出したとき、ずいぶんスッキリした気分だと実感はしたものの、疲労感はかえって重くのしかかっている。やけに重たい。

 おれは老いたのだろうか? ぼんやり思う。
 ああ、紛れもなく老いた。
 いったい、「あれから」、どれだけ時間が経過したものやら。10年とか50年とかという単位ではない気がする。100年とか、1000年とか ・・・・・・ バカな。

 5分や10分の睡眠のくり返しにおいてすら、レムとノンレムのリズムは交互に出没し、とっくの昔に置き去りにしたはずの欲望が漁火のようにチラチラと揺らめいては遠ざかる。 
 コマ切れの、断続的な、しかし脈絡を保って現れる夢見。

 おれはじぶんが分かっている。今だって、欲望はこの老いの身に潜んでいるのだ。
 まくれた着物の裾から見えた女の足に気を取られて墜落した久米の仙人が齢幾つであったのか知らぬが、おれにも同じ現象がいつ起きるか、知れたものではない。
 そうだった。果たせなかったあの女への欲情! ・・・・・・・ あしたこそ ・・・・・ 何? あしただって?

 ・・・・・・ はっはっはっ ・・・・・・ だれだ、嘲笑するのは? ・・・・・・ 天の哄笑だよ ・・・・・・

 ・・・・・・ 闇、そして光 ・・・・・・ アダムとイブ ・・・・・・ イザナギとイザナミ ・・・・・・・

 見よ!
 レム期の訪れのたびにおれは猛り狂っている。自律神経系統の嵐の中 ・・・・ 人生の残滓ではない。今の話だ。

 ・・・・・・・ また海面へ顔が出た。完全なる覚醒。
 何万年の夢だったのか。日はすでに高く、暑苦しく輝いている。

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2021/08/11

パラレル・ワールド、リアル・ワールド

 

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 五色の彩りが次第に単一色の闇に向かって収束しつつある天を仰いで、人々は恍惚としている。真昼の猛暑の名残りはまだ燃え尽きないらしい。――― 思わずため息をひとつ。

 と、まだ明るく暮れなずんでいる上空の雲の彼方から、足穂君があの一人乗りのプロペラ機を旋回させながら舞い降り、薄闇の林の中を歩いていたぼくのすぐ間近に着陸したのです。
「やあ、しばらく見ない間にずいぶん大きくなったね。百閒先生と探索したときは少年だと思っていたけど」
「ああ、あんたの年に追い付いたよ」
「それでため口か。ぼくの方はさほど年嵩喰ったとは思ってないんだけど」
「少年は老い易いんだ」
「で、学は成ったのかい?」
「おお、もう、宇宙は極めたようなもんだ。もっともほとんどの奴らは認めんのだが ・・・」
「聞いたよ。恩師の悪口たたいて ・・・」
「ふん、知ってたか。佐藤(春夫)のダンナのこと、ちょこっと批判を垂れたら、ハイ、サヨナラってお払い箱よ」
「それで文壇を去って ・・・」
「諸国放浪の旅ってわけよ」
「なるほどね」
 
 会話を遮るためでもあるのか(そんな筈はないのでしょうが)、足穂君が ―― (あの時と同じく) ―― いきなり尻ポケットから拳銃を取り出すと、あたりの樹々やら、はるか上空の雲やら、四方八方、無茶苦茶に撃ちまくりはじめたのですが 、―― (するとまた、あの時と同じように) ―― たくさんの美しくない月が落ちて来る、地面に衝突して破裂する、砕け散ったかけらが頭に冠のようなものを被って、そこらじゅうに転がりだす、といった光景が再現されたのでした。


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「まだ撃ち足りない、全然足りない ・・・」
 足穂君はつぶやき、茫然としていたぼくに一瞥をくれると、
「それにしてもヤケにシケた顔してるじゃねえか。ご時世とはいえ ・・・」
「ああ、まったくそうなんだ。世の中みんなパラレル・ワールドだなんて騒いでるけど ・・・」
「そうじゃねえってんだろ?」
 ぼくは頷きました。砕け散った月たちを見下ろしながら、
「世間じゃ、魑魅魍魎のように跳梁跋扈する不埒なこいつらと、終わったばかりの大運動会が全く違った世界に同時に存在するものだ、なんて言ってるけど ・・・」
 言いかけると足穂君は、
「そりゃあ違う。ふたつ別々に見えるのは実は全く同次元に同時に存在するものだ、な?」
 と、ぼくの抱く感懐を見透かすかのように言うのです。


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 同じひとりの人間の中に、善と悪、良・不良、愛・憎悪 etc  ・・・ 相反する感情が共存している、それが人間てもんじゃないか 。
 ぼくはまた頷きます。
「パラレル・ワールドじゃねえ、すべてリアル・ワールドだ」
「同感だね、まったく」
 祭典として運動会が開かれたら観る、観れば楽しい、大いに感動もする ―― 当然だ。開催に反対していたくせに「手のひらを返して」という批判は、的外れもいいところだ。
 足穂君のいう通り、すべて、ひとつの個それぞれに内蔵されるリアル・ワールドなのだ。


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 足穂君とこうして話をしているこの林の中が、リアル・ワールドとは別次元のパラレル・ワールドに感じてしまう、これはちょっと不思議なこと、と思っていると、
「なあ、そのうちオレのことをもう少し詳しくブログに綴ってくれよな」
 足穂君は言い残すとまたプロペラ機に飛び乗り、あっという間に雲の彼方へ飛んで行ってしまったのでした。


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2021/07/19

内田百閒先生、稲垣足穂君と森を探索した話

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 昨日は今夏一番の猛暑だったとか。
 朝、暑くなりそうだとは思いつつジョギングに出たのは無謀か無知か、いずれ2時間の外遊を無事成し遂げられたのは僥倖というべきかもしれません。

 木陰にゴールインした時にはキャップを被ってはいたものの、脳が頭蓋骨の中で蒸し上がり膨張してとろけかかっていたのか、夢見心地すらしたのはアブナイ兆候であったのかもしれないと昨日の今日、思い返しても定かではない、いや、定かならぬことがそもそもキケンなことであったという気もしないではないのであります。

 携行したアクエリアスを飲み干し、しばし休息すると(いつの間にか午睡に落ちていたようです)、待ち合わせた内田百閒先生、稲垣足穂君と森の探索を始めました。
 夕暮れが近づいていたようです。

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 最近百閒先生のご機嫌が悪い。
 口に出すわけではないし、こちらから伺うものでもないから、心中いかにやあらむと「拝察」するばかりではありますが、私同様、「何もかも」気に入らないのではないかと思えるのです。
 しばしば呼び出される足穂君の話では、やたら不機嫌な様子でむやみに彼に発砲を命じるらしい。
 常日頃足穂君はお尻のポケットにピストルを忍ばせているのですが、ふたりで街を歩いていると、いきなり「撃て」と命令するのだとか。

 足穂君にしてみれば何のことかわからぬが、とにかく先生の指さす方向に向かって(彼には目標が見えないといいます)引き金を引く。すると大きな音をたてて月が地上に落ちてきて砕け散るのだそうです。

 そんなことが最近ことのほか多いのだと足穂君は言うので、私は、
「それって親分に命令されて敵を狙撃する下っ端ヤクザと同じじゃないか」
と非難しました。すると彼はなんら動じる風もなく、
「いや、俺は単に俺の宇宙観に則ってやってるだけっすよ」
と事もなげに応えるのです。

「ねえ、先生」
 先を歩いている先生に私が声を掛けると、もう私の内心を見透かしたかのように、
「うるさい。イヤだからイヤなんだ」
と、どこかで聞いたような返事。

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 私たちはそれから默って歩いていたのですが、先生が突然立ち止り、
「奴らがやって来るのが聞える」
と、髙い樹を振り仰ぎながら言うのです。
 私には何も見えませんが、足穂君はそれが当たり前であるかのように、腰を落として身構え、尻ポケットに手を伸ばします。

「稲垣、見えるか?」
「百閒先生、見えません」
「まだお前の宇宙は見えんのか?」
「見えません」

 私にはふたりの遣り取りが理解できず、やや呆気にとられたのですが、百閒先生は、
「あれ、・・・ あれ、・・・ あれ、・・・ あそこ」
と次々にいろんな方角を指さします。
 足穂少年は四方八方、無茶苦茶に(と私には見えました)、ピストルを撃ちまくります。

 すると木々の枝の間や梢のかなたから次々に月(なんとたくさんの!、それも全然美しくない!)が落ちて来て地上で炸裂し、そのかけらたちはみな、頭に冠のようなものを被って、そこらじゅうに転がるのでした。

「これが奴らの正体だ」
 百閒先生は苦々しくそれらに唾を吐きかけ、足で踏みつぶしにかかりました。
 足穂少年も同じ動作をくりかえします。
「これで世界大運動会だとよ」
 私にはようやく理解されました。

 これら月に姿を変えたものたちこそ、今や世界中に猖獗を極めている厄病神の使徒たち(のごく一部)なのだと。
 そうして、踏みつぶされている化け物たちは足下、冠(コロナ)を被りながら様々な人間の相貌 ―― 慾・権力まみれ、自己中、虚言妄言癖、破廉恥漢 ―― を露わにしているではありませんか。

「不届きな輩どもめ!」
 吐き捨てるような声とともに百閒先生の姿は消えてしまいました。と、同時にゴトンゴトンという汽車が通過する音がリズミカルに響きわたります。

 阿房列車内田百閒と自認するくらい汽車に乗るのが大好きな先生には、時計を見ながらゴトンゴトンという規則的な音を数えることで、乗っている汽車の速度が推測できたといいます。だから私たちには聞えないものまで聞えるのかもしれません。

 それは足穂君も同じようなのか、と思っていたら彼の姿は、 ・・・・・・  いや、消えたのではありません。一人乗りのプロペラ機で森の木々の間を自由放縦に飛び回ると、無限の空へ去って行った、もしかしたらジョナサン・リビングストンになったのかもしれません。

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2021/07/11

壺中天

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 ゆうべぼくは女の腹の中にいた。
 吸い込まれたのか。いや、それは最初だけだ。そうだ、なんとなくこの女に飲まれてしまうって予感があったのはあのレストランでだった。 
 確かにあの晩、ぼくは彼女のひと息で吸い込まれ、飲み込まれてしまった。

 きのうに限ったことではない。このごろは自分から入り込む。

 こんな掘立小屋の中にレストランがあるなどとは外見からして到底思えないのだが、ぼくが入ってゆくと女はちょっとだけ妖艶にしなを作ると、たちまちスレンダーな体を古びた壺に変える。

 そのおちょぼ口から、ぼくはすーっと入り込む。

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 初めてのとき、ぼくをひと息に飲み込んでしまったような女だけれど、入り込んでみると腹の中は、黒くはない。黒いどころか、明るく目映いばかりの金銀に輝いているのだ。
      
 この小さな空間で、ぼくは胎児のように膝を抱えて座る。

 座り心地はすこぶるいい、というより、何ものにも触れずに座っている、腹の中にふんわりと無重力状態で浮かんでいるって感じだ。
 そしてなんの感触もないはずなのに、体中に妖しい刺激が緩やかな波動として伝わってくる。

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 周りには幾重もの襞があり、滴が垂れているので手で掬ってみると、なんと、酒じゃないか。
 ひとたび口にすると、喉元に喩えようもない味覚。
 酒ばかりではない。
 襞の間からはぼくが食べたいと思う料理が次から次へと出てくる(食欲を見抜かれている ! )。
 どれもみな、この世ならぬとしか言えぬ味わいだ。

 やがて、全身が  ――  心臓も、脳も  ――  酔いと浮遊感にひたひた浸り、ゆらゆら、ゆらゆら、搖れては揺らぎ、搖らいでは搖れ、・・・・・  気がつくと何やら聞えているのは、あれは、・・・・・  ああ、・・・・・  潮騒だ。

 寄せては返し、返しては寄せ、 ・・・・・ (一定のリズム) ・・・・・  穏やかで、やさしく、・・・・・  そう、子守歌。ぼくが羊水の中で聞いたメロディーだ。なんという快さ、なんと和らいだ心地。

 酒精が全身に滲みわたり、脳髄が恍惚を自覚し、瞬時、腹(壺)の外の世界が網膜に映ずる。
 ぼくが、壺の中と、外を、まったく同時に、蝶のように飛び跳ねている。
 夢を見ているのだろうか。

 ぼくは女に問いかける。
「君はぼくのマザーなのかい?」
「いいえ、わたしはまだ、あなたのマザーではありません。わたしはまだ、生まれていませんもの ・・・・・ 」
生まれていない、だって?
「そう、あなたのファザーだって、まだ生まれていませんもの ・・・・・  」
 父も、母も、まだこの世に生まれていないのに、・・・・・  じゃあ、ぼくは  ・・・・・・・・ ?

 金銀にまばゆく輝く女の腹の中を浮遊しながら、ぼくは同じく、腹の外を飛び跳ね、ゆらゆら、ゆらゆら、揺れている。

 両親が未だ生まれる前のぼくの時間、壺の中と外、夢ともうつつとも見わけのつかない空間、そのあたりを、ぼくは漂っているらしい。

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2021/06/26

少年老い易く・・・

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 遠くのブランコで遊んでいたとばかり思っていたら
   その少年は不意にぼくの前に現れた
 少年はぼくを誘うように歩いてゆく

 紫陽花の小径が続く
   かなり先まで続いている
 ぼくはどこまでも 後についてゆく

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 なんだか視界がゆがんで
 進むにつれて 少年のうしろ姿は少しずつ 成長してゆくようにも 見えた

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 道が薄暗い森に入り 樫の大木に突き当たると
  彼はなにやら叫び声を上げた
   と 声は森じゅうを駆け巡り 
    その声に狩り出されるように
      木陰から人が 次から次へと出てきた

 見れば懐かしい顔ぶればかりだ

 小学校の同級生たち ・・・
   タカシ君は駆けっこでいつも一番だった
     ぼくはだからいつも二番だった
   ヒロシ君は学級委員に何回も選ばれたっけ
     ぼくは一度きりだ
   トシコちゃんは初めて手を握った女の子
     フォークダンスでね

   みんなあれからどうしていたんだい?
    (小学生の背丈になった少年は かれらと跳ねまわって遊んでいる)

 中学校の同級生たち ・・・
   ドラムのスティックで休み時間になると机を叩いて回っていたヤスオ君
   番長だったテツオ君 ぼくにはなぜだか優しかった
   初めてラブレターを書いたキヨコちゃん 返事くれたよね

   みんなあれからどうしていたんだい?
    (少年は中学生の背丈になって かれらと 跳ね回って遊んでいる)

 高校の同級生たち ・・・
   ニーチェをうるさく語ったゼンジ君
   バスケ部のモテ男ヒロアキ君
   初めてデートしたノリコちゃん

   みんなあれからどうしていたんだい?
    (少年は高校生の背丈になって かれらと 跳ね回って遊んでいる)

 
 どの顔もやけに くっきり はっきりと見える
  あの頃とおんなじ声 おんなじ仕草
   ずいぶん昔のはずなのに
    今は ホントは どこに どうしているんだろう?

 少年はぼくの姿になって
   ぼくは少年の姿になって
     紫陽花の小径を歩いている


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 大木の向うから 潮騒が聞える

   ・・・  これをくぐれば 海が  ・・・

       ・・・  だから くぐって  ・・・ 

          ・・・ 抜けて  ・・・


               ・・・・・ あああ ここは いつもの公園だ


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2021/06/22

小さなサトリ ?

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 いつものように走り出し 下校途中にすれ違った小学生を目にして
  ぼくは俄然何か判った気がした(小さなサトリ?)

 あれは60年前のぼくの姿だ まったくあんな風だった
 ぼくの眼は少年にくぎ付けになり みるみる少年に引き寄せられ
  少年とひとつに 少年そのものになってしまった

 60年という時間の隔たり感はない
 ぼくがいきなり60年前のぼくにもどり
  60年前のぼくが今のぼくを見ている

 何も変わっていないじゃないか !
 60年経っても全く同じだ !

 ほんの一瞬のことだった
 少年は過ぎていった
 その背中を見ながらぼくは思う

 来し方掘り起こせば 過ごした年月なりの少なからざる出来事を
  思い出すことはできる
 でも 君を見ていると 
  一足飛びにこの齢に達した(達してしまった)という感慨に捉われる
 君が今のぼくの年になったら
  君はぼくと同じように愕然と思い知るのだろう
 一個の人間の生がまるで 一炊の夢のようであることを
 そして(ああ)自然は いのちの歴史は あんなにも広大無辺で無窮なんだ とも ・・・

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2021/06/16

自分の肉のステーキを食べる話

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 森の中の小さなレストランに入り、注文取りに現れた若くてスレンダーな女をひと目見ると、ああ、ぼくはきっと彼女に調理されてしまうのだなあ、と確信した。
「何にいたします?」
と訊かれたので、
「ステーキが食べたい、赤ワインで」
と答えた。
「どの辺りのがよろしいでしょうか?」
と言うので、
「色々、部位があるのかね?」
と尋ねると、
「はい、肩とか背中とか、内臓とか、全身、どこの部分の肉もご用意できます」
 なんだか焼肉屋に来たような気がしたけれど、どうも違う様子だ。ちょっと戸惑っていると、
「おまかせコースはいかがでしょうか? 全身の各部分を少しずつお客様のお好みに合わせてお出しできますが」
「うん、それを頼む。でもわたしの好みがわかるのかね?」
 ぼくは怪訝に思って訊いてみた。
「はい、お客様の全身に漂う気配から判断させて頂きます」
 面白そうだと、ぼくは頷き、
「ホントに判るのかい?」
「たとえばお客様、今私を食べたいと思いませんでしたか?」
 ぼくは思わず赤面した。読まれている  ・・・・・・・

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 ほどなく女がグラスの赤ワインとともに、旨そうな匂いのする料理を運んできた。
「頬肉をレアに仕上げたものでございます」
 食べるとなんとも懷かしい味である。どこかで食べた記憶がある。
「旨い・・・」
 頬っぺたが落ちそうだと思っていると、
「お客様の頬肉を夕陽を浴びせながら3時間寝かせたものでございます」
 ぼくはなるほどと思って一気に食べた。懐かしさに涙がうるむ。

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「次は胃を月光に溶いてとろとろと弱火であぶりながら仕上げたものでありまして、長年にわたって蓄積されたイタミが中までほどよく溶け込んでおります」
 口へ運ぶと飲み込みが早い。はらわたまで沁みとおる。積年の恨みが氷解し実に穏やかな気分になる。

 それにこの赤ワインの芳醇さ。
「お客様の赤血球をリンパ液とともにブレンドし、5年寝かせたものでございます。少し澱が目立ちますがそれがこちらの特徴かと・・・」

 女はぼくの気持ちを見拔くかのように説明し、それから次々に料理を運んできた。しかも来るたびに、手や顔がぼくにだんだん近づいてくる(なんといい香りだ)。

「これはお客様の肺に星の砂をまぶしながら、ケガレを濾過し、食べやすくしたものでございます」
 なるほど、この説明はぼくの肺腑に落ちた。

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 料理は続く ――

(脳)「好き嫌いはおありかと思われますが、いえ、性格ではございません、それなりにそれなりでございまして・・・」(愛嬌&嬌態)
(心臓)「お口の中にしばらく含まれますと、小心でガラスのように割れやすく儚いおいしさにドッキリとして、動悸を自覚されることがあるかもしれません・・・」(上品な媚態)

 女の解説によれば、食べたもの、飲んだものは直ちにもとの部位に運ばれるという。
 そうか、すべて無駄なく、血となり肉となり ・・・・・・

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 ぼくはなんだか奇妙な気分になっていった。
 自分を食べている自分がいる。食べられている自分がいる。それを見ている自分がいる。
 いったいどれが本物のぼくなのかしら。

 食べたものはどれも旨い。旨いと感じているぼくの感覚はどこから生まれるのだろう?
 調理に供された部位は嚥下、消化され、もとの場所、本然の姿に還る。

 うむ、この肉は ・・・・・・ どこの部分か訊き損ねたが、ナイフで小さく切り、フォークの先に突き刺すと目の高さに掲げ、フォークごとそれを放り上げた。
 肉塊は砕けて金銀の微粒子となって空中に舞い上がったが、すぐに女が現れ、大きく胸を張るとそれらをみんな一息に吸い込んでしまい、そうして肉ばかりではない、次に気がついたときぼくは女の腹の中にいた。

 

 

 

2021/06/11

眠りの先

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a; 夜だ

b; 眠りに着こう 目を閉じて

a; 瞼の裏の闇に 眠りの入口が開いて 待っている

b; ああ ウオータースライダーのような曲がりくねった細いトンネルが

a; そうだ 水が流れて

b; 眠りへ誘っている

a, 明日も 目覚めるだろうか?

b; たぶん 覚めるのだろう

a; そこで 生が きのうからきょうへ繋がったと 確認するわけで

b; それは当然のこと

a; そうでなかったら ずっと覚めなければ

b; それは 死というもの

a; 眠り続けるだけのこと ではないのか?

b; それは あり得ること かもしれぬ

a; だが それを知ること 自覚することは できない

b; 人間とは そういうものだ

a; 眠気がさしてきた もうすぐ 眠りの闇に落ちるのだろう

b; 真っ暗がりのなか 細いトンネルを 滑り落ちてゆくだろう

a; 毎晩のこと

b; そうだ 眠ろう

a; 永遠の眠りにつく瞬間てのも こういうものなんだろうか?

b; 真っ暗なトンネルに滑り込み 闇の中を落下してゆく予感

a; その先は

b; わからぬ

a; 暗闇の先に なにかが

b; わからぬ あるのか ないのか

a; 恐ろしい

b; しかし それは万人に不可避 平等に起こること

a; そのときを想像する

b; トンネルの滑り台の入り口にすわり いや すわらされ

a; 否応なく滑り落ちてゆく

b; そうだ 例外は ない

a; まだ もう少し 先延ばしに

b; だめだ あとがつかえている 早く 滑り落ちろ

a; 待ってくれ ああ 押すな

b; おれは押してなど いない こういうものなのだ

a; 眠りが 寄せてくる

b; そうだ 眠りだ

a; トンネルの 暗がりが

b; ああ 眠るの底へ 滑り落ちてゆくのだ

a; 曲がりくねった ウオータースライダーのような

b; トンネル からだひとつ分のチューブのなかを

a; ああ 滑り落ちる

b; そのまま 行け

a; 夢見できるだろうか

b; わからぬ われわれが推測できることでは ない

a; 永遠の夢見を

b; わからぬ奴だ

a; 眠気が

b; そのまま 身を任せよ

a; そうだな それしか

b; 闇の底に向かって

a; 流れ 滑り 落ちて

b; ゆく 

a; 先の事は

b; わからぬ

a; 考えて

b; 無駄なこと

a; 眠りが

b; そうだな

a; 明日は

b; わからぬ

a; そうか ・・・・・・・・

b; そうだ

a; そうだな ・・・・・・・・

b; ああ ・・・

 

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2021/06/05

窟屋

   長いトンネルを抜けた
   この小径の先に窟屋があるという

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    石ころだらけの下りが延々と続く

    谷へ降りているらしい

    せせらぎが聞こえてきた

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    道端には夥しい数の石佛がどれも独鈷を抱いて鎮座している
      (みな 同じ姿!)

    かれらは無言で語る

       六根清浄 六根清浄 ・・・

      ? ・・・ 曼荼羅世界に引き込まれているのだろうか?
      いや もう入り込んでいるんじゃないのかしら
       あのトンネルを抜け出たときから ・・・

 
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    石佛たちは進むにつれてだんだん大きくなり
      ついに巨岩とひとつになってしまった

    いきどまりと思ったその岩の真ん中に抜け道があって
      それをくぐると窟屋があった

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    上の方から雫が細い滝となって落下している

    薄暗い窟屋にはたくさんの石佛が
     表情もなく
      勝手なやり方で 座を占めている

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    天井を掠めて黒い鳥が飛び出してきたので
     ぼくは咄嗟に身を引いた

  ―― 昔ここに乱を逃れて平将門が隠れたという言い伝えがあります ・・・

    ぼくはあの黒い鳥は将門の首に違いないという気がして
      恐ろしくなり引き返した


    同じ道
    今度は長い上りか
    暗澹とした気分でぼくは踏み出す

    おかしい !
    道は下っている !
    どんどん下る

    せせらぎが聞こえてきた(また?)
    独鈷をかき抱いた石佛たちの姿が次第に小さくなってゆく
 
    さらに下り ・・・

    谷底で道が終わっている
    向う岸へ渡らねば (まさか三途の川ではあるまい)

    ぼくは思い切って小さな(見えない)渓流を跳び越す

  ―― ずいぶん長いこと宙を飛んでいたらしい ――

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    着地したぼくの前にはさっき出てきたトンネルが口を開き
      そこに向かってたくさんの墓標がならんでいる

    そのどれもに 見覚えのある懷かしい面影がうっすら浮き彫りになり
     トンネルのむこうからは 聞き覚えのある楽の音 ・・・ いや 波だ

       ゆるやかに 寄せては 返し また寄せる おだやかで やさしい 潮騒 ・・・・・

    ああ あれは羊水のなかで聞いた子守歌  ――  間違いない !

    ・・・  ひょっとして ぼくはまだ 生まれていないのかも しれない



 

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