日々思うこと

2021/09/13

天使の誘惑、悪魔のささやき

 先週テレビで興味深い番組が放送されました。
「40億年のたくらみ:“快楽” ドーパミンという天使と悪魔」

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 人間の「快」への欲求をドーパミンというホルモンの作用から解釈する内容でありまして、この脳内ホルモンは習慣の良し悪しいずれの場合にも、「やめられない、止まらない」現象に深く関わっているというんですね。
 中脳から分泌されるドーパミンは線条体を経て大脳に作用するわけでありますが、ここで「報酬回路」というメカニズムが機能いたします。
 何らかの行為(酒・タバコ・薬物・セックスetc)により「快」が得られると、その「良かった」という体験記憶が、ドーパミンによってくり返し追体験させられます。
 つまり、「ある行為を行うことが快である」という刷り込みが最初にドーパミンによって行われ、のちにその行為がなされると「報酬」としての「快楽」がさらなるドーパミン分泌という現象を引き起こし、強化されます。そうしてそのドーパミンが「あの行為は快だ」という記憶を呼び起こし、実行為に及び、そうなると報酬を得た結果として、またドーパミンが分泌され、・・・・・・・・ と、報酬回路がグルグル回るわけであります。

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 禁煙治療の際にもこのメカニズムについて、わたくしめも患者さんに説明いたしております。
 タバコを吸うと気持ちよくなる。→ このとき中脳や線条体からのドーパミンが働いて「タバコはいいものだ」という刷り込みが大脳の一部に対して行われる。→ そうすると次に大脳のその部位から他の部位に対して「タバコを吸いなさいよ」という指令が出る。→そこでタバコを吸ってしまうと、→「ああ、タバコを吸うと気持ちがいい」とドーパミンがまた思い込ませ、・・・・・・ と喫煙習慣が連環してゆく。
 でもって、このドーパミン回路を断ち切るのが禁煙治療薬というわけであります(といいながら成分に問題が発見され現在出荷停止中)。

 この「タバコはいいものだ」と感じたり、「タバコを吸えよ」と命令を出す脳の部位は非喫煙者にも存在しております。
 で、ちなみにこの報酬回路を完成させるのにどれだけの喫煙習慣が必要かと申しますと、1か月や1年ではございません。タバコ2箱、たった2箱で充分なのであります。
 つまり高校生に2箱続けてタバコを吸わせることに成功するとタバコ会社は簡単に顧客を作り出すことができるってわけでして、かつてはタバコのパッケージにあるシールを2枚送ると若者が好きそうなファミコンだの革ジャンだのが当たる、なんてことが行われてたものです。

 さてこのドーパミンなるもの、生命体の先祖である線虫だとか粘菌だとかにすでに存在しているものだそうでして、報酬としての生きるための食物獲得や危険からの回避など、生物の進化に大いに貢献してきた、これが40億年のたくらみってわけなんですね。
 で、この企み、悪習に対して働くと人間をダメにする、まあ、悪魔のささやきってことでありまして、わたくしたちの先人2名が、禁断の果実に手を出して永遠の園を追われましたな。
 とは言え、わたくしたち人類がここまで進化できたのは、ドーパミンが報酬獲得に際しての「学習」に先導役を引き受けてくれたから、ということに他ならないと思うわけでございます。


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 となりますと、わたくしめの「なぜオレは走るのか」という長年の課題の解答はどういうことになるんでございましょうか。
 走ることで得た感覚をドーパミンが「走ることはいいことなんだぞ」と記憶付けし、さらに「だから走れよ」という命令系を作動させ、・・・・・・・ とまあ、依存症というのか(あるいは中毒、それとも強迫観念?)。
 それにいたしましても、じゃあ、「走ることがいいこと」だったという(天使の)記憶は、いつの話なんだろうと遡ってみますてえと、・・・ レースのたびに自己記録を更新できた55才から60才の頃の体験に源を発するのか(たぶん)。・・・ そうして最後の4時間切りとなった65才でのボストンマラソン以降も、加齢に伴って順調に(?)低下しつつある現在まで、ドーパミン作用(天使の誘惑)は連綿と続いているってことなのかどうなのか、わたくしめにはトント見当がつきませぬ。

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 さてきのうは2時間半近く走りました。
 前日不整脈(心室性期外収縮の2段脈)が、午前、午後と数回出没したこともあり、少々臆しまして、馬に喩えれば常歩(なみあし)から速歩(はやあし)程度、心拍数100前後でのスロージョグに終始致しました。
 わたくしめにとって走ることが今もホントにいいことなのか、無理は禁物(不整脈が控えております)、耳もとで天使の誘惑、悪魔のささやきが交互に聞えているのでございます。

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2021/09/06

聖徳太子1400年の旅

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 先週末NHKBSで法隆寺に関する番組を観て、ここのところとんと遠ざかっている古都・古寺に思いを馳せた。
 考えてみるともう5年も訪れていない。コロナ禍で県境を越えて東京に次ぐ感染拡大状況の関西へ行きづらくなったという事情もある。
 仙台鎌倉山寺中尊寺などお寺巡りは続けていたけれども奈良は別格だ。

 番組では聖徳太子の等身大とされる夢殿の秘仏救世観音に込められた祈りの意味から、太子への憧れや礼讃、それに歴史を踏まえて法隆寺伽藍の様式の詳細についても語られた。
 特に印象的だったのは、救世観音の赤外線撮影によって明らかにされたお顔の髭。渦巻状だったり極細の直線だったりとかの描かれ方が見事に再現されていた。

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 観ていて思い至ったのは亀井勝一郎の名著「大和古寺風物誌」。
 奈良のお寺巡りでは和辻哲郎の「古寺巡礼」とともにバイブルともいえる書で、これに秋艸道人會津八一の歌集「南京新唱」が加わる(かなり主観的ではありますが)。

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 著者は昭和初期、学生時代に左翼活動で逮捕・投獄され、その後転向し、激しいナショナリズムを説き、やがてこれら「世俗」を超えて、聖徳太子・親鸞を起点とする宗教的境地を開く。
 この「転換期」、30才頃から古寺巡りが始まる。本書の最初の項、「飛鳥の祈り」の中で、「私の心にも漸く新生の曙が訪れそめた頃であった」という述懐がある。

 ぼくにとっても奈良への初旅はぼくなりの鬱屈を経て大学入学した年の暮れだった(むろん彼とは思いの次元が甚しく異なるけれど)。

 和辻の「古寺巡礼」とそれに続く「イタリア古寺巡礼」が美術鑑賞的視点からの紀行であるのと大きく趣きを異にするのは(彼の旅は大正中葉から昭和初期にかけてであった)、亀井が美術鑑賞の態度をきつく自戒・反省していることだ。

 「佛様は拝むものだ、観るものではない」
 奈良の宿「日吉館」で同好の先輩からくり返し聞かされたことだが、つい、観て、分析してしまう。
 明治政府の招きでフェノロサがやって来て、長年秘仏になっていたこの夢殿観音を開扉し、以来信仰の対象は一種鑑賞の照明を受けるようになった。寺院と博物館の折衷に置かれたわけだ。

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 番組はテーマの如く、創建から現在に至る時間の流れの中で太子信仰が語られたのだ、あらためて仏像・寺院のありようについておのが感懐にちょっとした警策を背中に食らった気分。
 ぼくの中で佛さまと向き合って半世紀が過ぎたという感慨とともに、いや、たかが半世紀じゃないかという気もする。
 法隆寺は1400年だし、人間の歴史は万年を優に超えるのだ。

 コロナ禍での開催で揉めたオリンピックが閉幕し、パラリンピックも閉会を前にした一夜、ぼくは俗世を離れた気分で(感傷ではないと思う)飲みながら視聴した。
 「世間虚仮 唯佛是真」・・・聖徳太子のことば。とはいえ、超俗を気取ってみてもぼくの境地は正直なところ、これには遠いのです。


 

2021/08/25

ピークアウト?

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 連日新規感染者数の増加が伝えられているが、東京都の発表を見ると、この1週間で重症者は明らかに減少している。これで高止まりしている死亡者数が減少に向かえばとりあえずは近々ピークアウト、ということにはならないのだろうか?
 解らない。メディアは重症者数が最多更新したと伝えているが、実際どうなんだろう?
 
 各種報道の仕方にはこの1年間、ずっと疑問を抱き続けてきた。確かに我々が初めて相手にする難敵で、起こっていることのすっきりした解釈がそう簡単にいかないことなのは分かっているけれど。

 

 

2021/07/14

「我ら」の誇り 二刀流

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 今 無心で喜べるのは 君のことだけだ 

 君は心底 楽しんでいる

 少年の日の姿そのままに
   ただただ 投げては 打ち 走り 
     それが嬉しくて 楽しくて 仕方がない

 何の意図も 邪念も 打算もない
   
 だから 歴史を変えるような
   素晴らしいことが起こった

 君だからこそ
   君の無垢で 誰からも愛される心根こそが
     奇跡のような事態を実現させた

 君だけのための ルール変更
   何ということだ

 君の自然なふるまい 君の一挙手一投足に
   ぼくは心を揺さぶられ
     憚りもなく
       感涙にむせんでしまう

 君は「我ら」の誇りだ

 「我ら」といってそれは このひとつ国の民ではない
   君を見るすべての人々だ

 国境も 人種も 世代も超えて
   君を見るすべての人々にとって
     君は誇りなのだ

 

 

2021/07/13

睡眠障害

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 途中覚醒が最近多い。
 12時前に就床し、2、3時間で目を覚まし(睡眠薬を服用しているにも関わらず、である)、その後朝までうとうとする。
 こんな日は日中とくにスッキリしない。朝起きたときからぐったりしている。
 それでも仕事が始まると眠気などどこかへ行ってしまっている。が、仕事が終わると急激に眠気に襲われ、仮眠に走る。

 睡眠薬のお世話になってもう随分になる。20年くらいは経つか。少量ではあるにしても依存性は生じているように思う。
 睡眠剤の長期連用で認知が進むなんてことが巷間伝えられるが、真偽不明、自分が当てはまるのか、自分では分からない。
 懇意にしている年上の心療クリニックの先生に言わせると、睡眠不足で日中のパフォーマンスが落ちるよりは眠剤を飲んでスッキリ眠ったほうがよっぽどいい、長年服用しているけどどうってことはないさ、とのこと。
 この先輩、認知が入っているとは到底思えない。こういう人が近くにいると心強い。

 しかし、きょうは眠かった。
 午後30分くらいシェスタをとったけれども、起きてからむやみに疲労感がのしかかる。
 意を決して無理やり(ホントに無理やり、である)ベッドから離れ、プランクで体幹に刺激を入れ、それからジョギングに出た。
 蒸し暑い。スピードが全く出ない。必然、ウオーク&ジョグとなる。
 なんでこんな思いしてまで走るのか。心中、苦笑いしながら走る。
 10キロ移動するのに1時間半もかかった。


          なほ走る未練がましく盆の暮れ

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        わが睡眠障害については、くりかえし記している。
           2019年6月 2020年1月
          この間、状況は些か変化しているような、いないような ・・・・・ 覚束ない。

 

 

2021/07/08

ギターふたたび ・・・ 昔取った杵柄?

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 2週間ほど前からギターを引っ張り出して弾いている。弾き語りといえば聞こえはいいが、ホントのカッコいいには程遠い。
 何を思いたってのことか、自分でわからない。もう10年ぶりくらいだろうか。

 弾いてみて ・・・ 指が動かない、というか開かない。5本指を駆使して弦をフレット上にうまく押さえきれない。
 色々とコードを展開させてみるが和音が濁る。特にF(ドファラ)の類。 
 5分も経たぬうち指先が痛くなり続けられない。
 それでもだいぶまともになってはきた(と思う)。
 指先も少しずつ硬くなってはきたが、タコが出来るにはまだかなりかかりそうである。

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 昔、半世紀も前に記した五線譜が残っている。
 これを再現しようとしたが全くうまくゆかぬ。よくこんなに複雑なコードを押さえられたものだと我ながら感心する。

 指も動かぬが、声が出ない。音域がひどく狭くなっている。音程も歌いながら自分でも不確かなのが判る。
 こんなはずじゃなかった、カラオケで喝采を浴びながら(お追従、ヨイショはあったにせよ)、歌っていたあの頃のおれ(最後に行ったのはもう10年以上前だな)、どこへ行ってしまったんだ。 ・・・ どこへも行きゃあしませんて。老いたのでございますよ。
 そう、たしかに老いたな。昔取った杵柄、などと述懐するのも口幅ったいこと。

 懐メロで登場する同世代の歌手を見て痛々しく感じることも多いが、全然老いを感じさせない人も少なからずおられる。
 小田和正さん、さだまさしさん、松崎しげるさん。海外でもポール・マッカートニーはお元気そうだし、エリック・クラプトンもまだまだ行けてる。先日車のラジオを聞いていたら81歳のリンゴ・スターがドラムを叩きながら昔ながらの歌いっぷりを披露しているのにもびっくりした(もともとあまりお上手ではなかったけれど)。

 ―― 何言ってるんだ、かれらはみなプロじゃないか。
 ―― そりゃあそうだけど、ああいう人たちがいると励みになるよ。
 ―― まあ、そうだな。

 高校、大学の頃は人前でやらかして喜んでいた。
 よくやったものだと慚愧・羞恥の念に今更ながら駆られるが、いやもう過ぎたこと、みんな忘れてるさ。
 ・・・ と、気持ち新たに今夜もしばし修練に励む。

 大きな音が出ないようにサウンド・ホールを塞いでやっているが(それに声もあまり出ないし)、とはいえ、ご近所にどれほど聞えていないか、今のところ苦情が持ち込まれていないのは、我慢していなさるのか、呆れておられるのか、もしや触れてはならぬものと恐れおののいていらっしゃるのでは ・・・ そんなことないか ・・・ でも、注意、注意。
 そして目差すは自己満足の世界のみ。いつかギター抱えてひとりカラオケでも行くか。

       




2021/07/06

日々是眠し

 日々早朝覚醒する。就眠時間と関係なしに目覚めてしまう。中高年者に特徴的現象ではあるが、睡眠時間は短くなる、したがって日中眠気を催す。だからほとんど必ず昼食後に短時間仮眠する。10分か15分だったのが最近はどうかすると30分にも及ぶ。
 帰宅後も眠くなることが多い。夕方もまた仮眠する。これも30分に及ぶことが多い。起きるとぐったりと疲労倦怠感に溺れる。
 夜はすぐに眠りに就くことができる(軽い睡眠導入剤の世話になっているとはいえ)。
 要するに1日中眠い。

 それほど肉体を酷使しているわけではない。となれば気持ちの問題か、ということで、わが身に鞭打って(でもないのだが)、意を決して走りに出れば、まあ走れる。
 しかし、スピードが上がらない。1時間も走るとがっくりと足にくる。前はこんなじゃなかった、ならば前とはどれほど前のことだったか、つい2、3か月前のような気もする。

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 天候のせいだろうか。梅雨。―― それもあるか。鬱陶しい。
 コロナ。 ―― 無論あり、だ。(それにオリンピックのこと ―― 考えたくもない)
 年。―― それは大いにもあろう。それが一番の要因ではないか。たしかに。
 受け入れねばならぬのだ。老いを ・・・・ おいおい。

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 相変わらず気分を害する不整脈、期外収縮は月に2、3日は出る。
 この間は起き掛けに違和感を覚え、アップルウォッチを慌てて装着して記録したら数秒間も心拍記録がとれない。要するに心停止だ。寝起きだし、慌てていたから正確に記録できたかどうか定かではないとはいえ、こんなに長く出たのは初めてだから、心中穏やかではない。
 繰り返されるようならペースメーカーの埋め込みが必要になる。

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 ・・・・ などなど考えを巡らせていると、またグダグダと空虚な時が過ぎ、そのうち雨がぱらついてきたりすることがここのところ多い。で、走る。走るというよりはジョグ&ウオーク。無理はしない。心拍数が120をオーバーしない範囲で。
 走行距離:3月185キロ、4月120キロ、5月133キロ、6月155キロ。―― ほどほどに身の程わきまえて ・・・・

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        暴れ梅雨堪へて咲くや蕎麦の花 

 梅雨らしい降り方には遠い。豪雨禍だ。
 実朝は祈った。

       時により過ぐれば民の嘆きなり八大竜王雨やめたまへ


 

 

2021/06/15

西に向かって走れ

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 この数日、なんとはなしに疲労感、熟睡感の欠如が拭えない。
 今日は午前中で仕事は終わりだったが、帰宅後午睡を少々。本を読みながら椅子にもたれてまたウトウト。
 これではいかんと筋トレをし、プランクをし、スクワットをし、少し頭がスッキリしたところでジョギングに出たら、途中から小雨が降り始めた。

 走るに従ってだんだん勢いを増してくる。頭上は暗雲低く垂れこめ、時おり雷が鳴ったが、西の方角を見ると明るい。コースを変更し西を目指して走ると、ほどなく舗道に降雨のあとは見られなくなった。

 帰宅後2階に上がる途中できょうも、数秒だったが2段脈が出現。短時間といえど気分不快である。

 ここのところ左前胸部を中心に不安定ななにかが蟠っている気配を感じることが多い。大概は気配(あるいは予感)だけで終わるのだが、ときに不整脈が現実に姿を現す。
 さてその原因、誘因を考えてみるに、睡眠不足なのか、酒量が過ぎるのか、はたまた走り過ぎなのか、どうも判然としない。
 で、年齢って奴が消去法的にどんと居座る。つまるところ、加齢に伴う心臓の刺激伝導系の異常、ということか。嫌な奴だが、馴れ合っていかねばならないのかもしれぬ。

 西に向かって、夕陽に向かって、走れ。走るんだ。

          梅雨空に雷鳴犬を走らせる

    

2021/06/04

ワクチン ・・・ まつり

  Vaccin

 大多数の人々は堪えている
   多数の人々は反対している

 ごく少数のまつりごとのプロたちは右左にわかれても
   テーブルの下 阿吽の呼吸で手を握り合う

 ワクチンはかれらに一過性の安心を与え
   大多数の人々は一過性の安全を得る

 問題はそのあと 祭りのあと

 あとの祭りになっても
   どんなあとの祭りになっても
  かれらはほくそ笑むことを たぶん やめない


2021/06/03

五輪

 Gorin

    赤 ・・・ 太陽
    黄 ・・・ 大地
    緑 ・・・ 草木
    青 ・・・ 海
    黒 ・・・ 無

 世界は形ばかりでつながっている
 みんな各々の輪の中 
 境界の内側に閉じこもり 分断しあっている

 違う!
 繋がることではない
 溶け合うこと
 それぞれの色合いをところどころに意志表示しながら

 太陽系はすでにそうなっているじゃないか
 10万光年のかなた
 冷えた情熱と
 灼熱を思おう

 

 

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