2020/12/27

材木座海岸にて

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 古い白黒の写真がある。父が勤め先の人たちと鎌倉の材木座海岸へ海水浴に行ったときのものだ。
 日付は不明だが、おそらくぼくはまだ幼稚園児だった。父の胡坐に抱かれている。
 写真ばかりで当時の記憶はない。

 この後まもなく父は発病し、長い闘病生活に入った。

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 今、ぼくはその浜を歩いている。

 父の年齢の倍以上を、歩いてきた。歩いて来れた。

 足元を見る。

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 浜辺の小石にたくさんの穴があいている。

 いったいどれほどの年月が、この石の上を流れたのだろう。

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 浜に、波が寄せては返し、雲は流れ、陽が落ちてゆく。

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 不意に、砂地に、五体投地したくなった。

       父と来し この砂浜に 打ち寄せる 波の行方に ものをこそ思へ


2020/11/09

GO TOいざ鎌倉

     

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 孫ロスを紛らわすというわけでもないのだが、先週の仙台に続いて今週はGO TO鎌倉。

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 北鎌倉の円覚寺からスタートして明月院、浄智寺と巡りながら、つい先日訪ねた仙台の多くの寺院を思い起こし、何が違うんだろう、ぼんやり思ったが、すぐ気付く。考えるまでもないこと、時代も寺域の環境も違う、江戸時代と鎌倉時代だし、近代都市の街中にあるのと自然保護地区との違いもある。

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          名月院悟りの窓(京都源光庵のと違って窓ガラス入りなのが残念)

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 市内の寺域のあちこちを参詣客が三々五々、あるいは群れ、あるいは独往。多かれ少なかれこの雰囲気の中を逍遥する人たちの内部には無意識裡に共有される巡礼の気分が流れているんじゃないか。勝手な思い過ごしだろうか。先日書いたように

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 如来、菩薩、十二神将、仁王などなどすぐ間近に拝することのできるほとけ様は少なかったけれど、御堂仏前に合掌一礼するだけで心持ちは自ずから厳粛になる。
 あまたのお寺を囲繞する古木や樹々、岩、それに山腹のあちこちに残る「やぐら」。

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 鎌倉という狭隘の地ゆえ、需給の必要性から横穴を掘って供養の墳墓としたとされ、石仏や供養塔などが安置されているが、どれも風雨に晒され模糊としているさまが時の移ろいを感じさせ、惹かれる、とこれは山寺参詣でも書いたけれど。

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 建長寺の半僧坊から鎌倉アルプスと呼ばれる峰伝いのハイキングコースへ。

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 かなり急峻な上り階段がつづら折りに続く。
 背負うバックパックの重さがさらに足取りを遅くさせる(平生の通勤時と同じくPCだの色々なものに加えて1泊分の着替えや洗面セットなどを詰め込んだせいでいつもよりずいぶん重く感じる)。
 山寺の上りよりもきついぞ。こりゃまるで荒修行だ、などと言ったらそこら中のお坊さんたちに怒られるかもしれない。失礼な話だ。

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 久々の暖かさを超える上天気、厚手のジャケットは失敗だった。
 所々で額の汗をぬぐっては給水。でも晴れ上がって視界が開けたところでは相模湾も遠望できた。
  
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 路上に這う太い根っこや、擦り減ってデコボコの岩場の薄明りの道をたどり、覚園寺に下り着く。
 
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 本堂の薬師三尊にお参り。受付のお坊さんに「コロナに罹らないようにお祈りしながら作りました」とお守り札を頂いた。

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 他のどのお寺でも同じだが受け付けに消毒ジェルが置いてある。それに密にならぬよう順路を作ったり、出入り口を分けたりと動線に工夫を凝らしているところも多い。覚園寺ではこの時、お参りの人はひとりだけだったけれど。

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 覚園寺では受付から奥は撮影禁止。

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 付近のお蕎麦屋さん「武士」でやや遅いランチ。新そば(十割鴨そば)が旨かった。いっしょに頼んだビール、汗をかいたからだに咽喉からしみこむ快感!

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 しばし歩いて杉本寺へ。
 入口からすぐに続く急な石段を見て妻はギブアップ、先にホテルへ行っているわと別行動。
 修行が足らんぞ、なんのこれしき・・・と威張ってみてもやはり足取りは重くなる。

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 仁王門には運慶作という仁王阿吽の像。東大寺のものと比べるとちょっと手を抜いたのかしら、などと不届きな考えがちょっぴり脳裏をよぎる。

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 杉本寺は鎌倉で最古のお寺。鎌倉幕府が開かれる500年前に行基が開山したとされる。
 本堂のご本尊の杉本十一面観音は秘仏で、運慶作とされるお前立の十一面観音が薄暗い御堂の奥に佇立する。
 お顔の部分は光がかなり届かなくなっているが、眼を凝らしていると次第にかすかに拝することができるようになってくる(ような気がした)。
 
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 これより数百メートルで竹の寺、報国寺に至る。

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 ここにもやぐらがある。

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          もののふの眠るほこらに霜月の風は過ぎゆく葉ずれすらせず

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 ここでもそうだが、若い人たちのお詣り姿が目立つのは気のせいか。小町通りあたりでレンタルしたものなのだろう、着物姿の女子をよく見かけた。印象についてのコメントは差し控える(流行ってるよね)。

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 日はやや陰り竹の林の輝きの期待はかなわず。

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        冬立ちて苔に暖とる佛かな

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 ゴールは鶴岡八幡宮。疲れ果ててたどり着き源氏池のほとりでしばし休息。

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 八幡宮の石段下でこれも密を避けるためなのだろう、参拝客の人数を区切って時間をおいてお参りへと導いていた。
 10年前、強風で倒れた大イチョウは再生が進んでいるようだった。
 
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 25000歩の小さな旅、宿は由比ガ浜のホテル。大浴場があり、サウナに入ったのは何年ぶりだろう。
 直ぐ近くの小さなイタリアンの店で夕食。妻はネットでもってこういうところを漁るのが実にうまい。不思議と鼻が利くのである。お寺、仏像にはとんと興味を示さぬのだが。

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 今日はのんびりとチェックアウト。近くを保育園の園児たちがお散歩。つい先日発ったばかりのかれらを思い出す。
 娘一家は目下シンガポールで隔離生活。孫①が「おじいちゃん、おばあちゃんの家に帰りたい」といって娘が苦労しているらしい。
 何せ車で送りだしたときは、「じゃあ、またあした遊ぼうね」って窓から手を振ったものだった。ちょっと胸キュン。
  
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 時間が少しあり、駅のそばの静かな大巧寺というお寺を散策。1時間半ほどでバイトの病院に到着、いきなり日常の中に戻った。
  
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 でもねえ、・・・いくらお国の政策って言ったって、40分のマッサージとお土産付きで1泊1万円余りの割引に5000円の地域共通クーポン。これでいいんでしょうかね。何とはなしに引っ掛かります・・・と、小さな声で。

2020/11/03

寺町逍遥

 孫たちのお守りから解き放たれてか、孫ロスを鎮めるためか、娘らを送り出すと早々に仙台へ行った。9月以来である。
 仙台駅の東側に寺町があり、一度巡ってみたいと思っていた。

 新寺通り界隈にはかなり多くのお寺がそれぞれそれなりの規模の佇まいを見せてはいたのだが、ほとんどは伊達家勃興後の創建であるから(それ以前の開基になると伝わるものもあるとはいえ)、建築様式に共通点が多々見られる(一言でいえば「武ばっている」、か)のは当然かもしれない。
 次々に現れるお寺の佇まいが同じように感じられ(歩き疲れもあったのかもしれない)、さして広くはない地域に禅宗・日蓮宗・浄土宗など諸宗混在しており、開祖のお方たち同士の勢力争い、せめぎあいなどいかがなものだったろうかなどと余計な邪推をめぐらせたのはおのが下衆根性のなせるわざには違いないとはいえ、少々食傷気味の感懐に見舞われたことは白状しよう。

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 いちばん残念だったのはガイドブックには諸寺にいろいろなご本尊の仏様が記載されているのだが、どこも「拝観受付」のようなものがなく、お堂も庫裏も扉を閉じていたこと。わざわざ案内を請う気にはならなかった。
 
 期待した「古寺巡礼」の気分は体験できなかったけれど、仙台という都市の歴史を考えてみれば、まァ、予測はできたはず、とこれは結果論か。

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      寺々をあまためぐれどみほとけの姿しえ見ずいとぞむなしき

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2020/08/03

誰ぞ爲政者の言に從ふべき

 相變らずの政治の無策、迷走。日々感染者の數ばかりを發表し不安を煽る愚かさ。
 いかでかのものたちに從ふゆゑんあるべし。
 われら夜の街出づ。三密なり・・・ほかにおとなふ客なき日を選びて。


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 集團での會食・・・恆例、家族の誕生日祝ひ。現在低價格設定の個室利用にて。

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 縣を跨ぎての移動・・・緊急事態宣言解除後早々に我が家の山の家、山開きせり。

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 先週末も飮食物持參し、山籠もり、山道ラン。
 さあれど定番のイタリアン「クッチーナハセガワ」さんは特例なり(元來廣きフロアに席數少なく他にゲストもなし)。

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      ウイズコロナ掛け聲虚し空々し 縣を跨ぎて美味を貪る

 昨日は蕉翁の跡を辿り奥の細道、伊王野から白河の關跡を訪ぬ。途中行き交ふひとも車も少し。

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         訪ね來て遊行柳に風涼し

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      かく來れば浮き世の愁ひ幽かなり コロナ通すな白河の關

  われを謗るひとあらば謗るべし、罵るひとあらば罵るべし。 

2020/02/12

古稀&還暦アニバーサリー・イン・ハワイ

 ハワイへ家族旅行して来た。
 去年の春4月から10月までの間、ぼくは古稀で家内は還暦だった。で、今後こんなアニバーサリーはあるかどうか(もしあるとすれば次はぼくが傘寿で家内が古稀)わからないから、元気なうちにみんなでハワイに行こうと(たぶん皆が揃った席、酔った勢いで)宣言した。いいよ、お爺ちゃんが費用は持とう・・・なんぞとも口を滑らせた(らしい)。

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 紺碧の空、サンゴの浅瀬も美しい滄海、花火を見、子どもや孫たちと戯れる、シュノーケリングし、ワイキキの海岸をジョギングし、食事も以前ホノルル・マラソンで訪れた10数年前とは比べものにならないくらい旨くなっていたし、・・・・・・とにかく至福の時だった。

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 帰国してまだ数日だけれど、写真を見ながら、もうこんなこともないかもしれないなぁ、そう思うとなんだか胸にこみ上げるものあり。ハワイ・ロスである。

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2019/12/29

温泉旅行

 歳の瀬、孫たちのお守を離れて老夫婦は熱海の温泉に行ってきた。
 きのうは午前中今年最後の出勤、午後の東京駅は乗客で溢れかえっていた。

 横山大観が愛した旅館だとか。高台にあって初島、遠くに大島が見える。
 古風でなかなかによろしい。廊下をゆくと庭に水が心地よい音を立てて流れ、縁には椿が咲いている。

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      湯気立ててひととせの閼伽供へけり

 しばし都会の喧噪を離れ、のんびりと地魚、山の幸、飲みかつ食らい、のつもりでおったのが、夕食の席であとから来たカップルにちょっと気分を毀された。一応テーブルごとに半個室的に仕切られてはいるものの、姿がちらりと見えるばかりではない、ふたりでまあ、語ること、語ること。業界の内輪話まる聞こえである。別に聞きたくはない、ちょっと席を立ってゆくと彼(ぼくより少し年下か)に一瞥くれてやった。途端に話声のトーンが落ちた。ここはそういう場所じゃないんだぞ、世俗を忘れたいんだ、勘弁してよ・・・という意図は伝わったようである。それくらいの分別はありそうな年恰好なんだけど。加えるに相方はどう見ても奥さんには見えない(と家内は言う、ぼくのジェラシーではない)。妙齢とは言えないけれど、まあ、ぼくらよりはかなり若い。そりゃ、どうだっていいことだ。

 フルコースを平らげて部屋に帰ると、また一杯、いい気分になり、・・・ま、今年最後の贅沢、月並みではあるけど、自分へのご褒美・・・(これはあまり好きなフレーズじゃない、つい、使ってしまった)。

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 今朝7時前に家内に起こされた。朝日がきれいだという。
 カーテンを開けると雲の幾層もの塊りが海面に近づくあたりが朱に染まり、真ん丸な太陽がちょうど水平線を離れ始めるところ。
 風呂からの眺めが素晴らしいというので(彼女はすでに湯上りである)大浴場へ行ってみると、陽光が朱から橙色へと色を変えながら雲を押し上げて海上に碧空を拡げている。
 朱に輝いていた初島の影がだんだんぼんやりとしてくるのを湯につかりながら眺めていた(そういえば風呂の脱衣場に「明日の日の出は6時50分」て貼ってあった)。

    あの雲も流れてゆくか年の暮れ

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 宿を出るとバスで伊豆山神社へお参りした。頼朝が配流され雌伏のとき政子と逢引きし、旗揚げを誓った場所。すぐ隣接する保養施設にかつて母親が長らくお世話になり、折々訊ねたついでに何度かお参りした思い出がある。
 正月の用意、茅の輪がすでに準備されている。輪を手前から左→右→左の順番で8の字を描くようにくぐって回るもので、大晦日から行われるのが本式らしいけれど、前倒しで回らせて頂いた。

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    くる年も皆、健康でありますように。 

2019/02/01

伊豆の海

 伊豆の温泉へ行ってきた。9時16分池袋発のスーパービュー踊り子号で伊豆高原へ。便利なものだ。車なら4時間くらいかかるだろう。駅から送迎バスで数分の赤沢温泉郷に泊まる。今回が3回目、平日料金はお得です。
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 ロビーが海に面していて、大きなガラス窓から陽光が差し込んでくる。汗ばむほどだ。
 海は真冬の日をうけてこまかくきらきらときらめき、海面は深い青というよりは黒に近い。
 海を見ていた午後、なんてユーミンの歌にあったっけ。
 岸辺の岩場に波が寄せて白い泡粒を舞い散らしている。実朝の歌に、
 
      箱根路を我が越え来れば伊豆の海や 沖の小島に波の寄る見ゆ
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 露天風呂からぼーっと海を眺める。伸びやかなひととき。ぼーっと考えが浮かんだ。以前から海を見ると思っていたこと。
 波頭に跳ねる泡というもの、空中へ放り出される前は完全に海と同化した海そのものであるけれども、そこを離れたほんのわづかな時間、ほんの一刹那だけ泡という「自己」になる。
 人類の生命の歴史を考えてみても同じことが言えるのではないかしら。
 40億年のむかし、地球に生れた生命体がいのちというものを様々なかたちでつないできた、その途轍もなく長い流れにひとりの人間が生きる時間のなんとなんとか細く短いものか。
 それでもひとつひとつの命はそれぞれがその時間帯に生れ出た意味を持っているはずだ。

     夕暮れの浜に白波打ち寄せて去りにし友の思ひ砕きぬ
 
 ぼくは忘れない、いつまでも思いだそう。遠く去っていった人たちのことを。

2018/10/12

山陰旅行最終日 

 朝からの雨模樣、露天風呂で確かめた。
 旅館を出ると昨日入り損ねた縣立美術館へ行つた。歿後200年となる松平不昧公の茶道に關する展示會が開かれてゐたが、それよりも宍道湖に面した庭園ののんびりとした佇まひに大いに惹かれた。當地の人々の文化への深い溶け込み具合とでもいふものを思ひ知つたことだつた。
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  天候が怪しくなつてきたので早々に退出し、境港を目指した。廣々として車の少い、從つて極めて走り易い道のりで1時間も經たずに到着した。

 漫畫家水木しげるさんの出身地ださうで、市の中心、驛前に水木しげるロードなる通りがある。道端にゲゲゲの鬼太郎やら目玉親父やら、澤山のキャラクターの像が立ち竝んでゐたけれども、あまり興味がないので、魚市場をいくつか見て囘つた。
 境港は全國でも有數の漁港なので、魚市場もなかなか見應へがある。まづ敷地そのものが矢鱈と廣い。餘裕なのである。で、そこに設へられた市場の建物も大きい。中には多數の店が入り、松葉ガニやらノドグロ、イカ、メバル等々、新鮮な魚介類が廉價で賣られてゐた。 ほどほどに購入したのだが、このあたりの差配は家内の獨壇場である。
 囘轉壽司屋(まさかここまで來て囘轉壽司とは思はなかつたのだが侮れない)で適當に腹を滿たすと(値段も信じられないくらゐ安價)、さてどうしよう、まだ歸途空港へ行くには時間が餘り過ぎる、といふことで美保の關といふ、島根半島の突端を目指すことにした。美保神社なる社があり、ここは全國のえびす樣の總本社なんださうで、まあ、面白さうぢやないかと、そんな輕い氣持ちで出掛けた。
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 島根半島と本土の間に宍道湖と中海が左右(西・東)にあり、美保神社はこの半島の最北端(右端)の日本海に突き出たあたりになる。

 途中、高架の橋を渡つたり(高所恐怖症のぼくは足がジンジンした)、海面すれすれの高さの一本道が續いたり、荒天の時はさぞかし危なつかしい處、しかも人里離れて隨分寂しい海邊、こんなところに何故えびす樣の總本山が、などと思つて車を走らせたのだが、突然といつた感じで道が開け、集落が現れた。集落といふよりも街といつたほうがいいやうな有り樣である。かつては榮えた漁村だつたのだらうといふ推測は、雨の中、車を止めてあたりを歩き囘るとよく理解される。

 美保神社は大社造と呼ばれる左右二殿の棟が連なるこの地方特有の形式ださうで、雨に打たれながら美しい姿を見せてゐた。

 

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 鳥居を潛つて神社を辭するとすぐ脇道に石疉の小路がうねつてゐる。古い宿屋(一部は現在も營業してゐるらしい)や、醤油造の店、酒屋さんなどが狹い路地に軒を並べてゐる。
 そのありやうがレトロで、惹かれるままにどんどん歩いてゆくと佛谷寺といふお寺に遭遇した。案内板に重要文化財の佛像5體を安置す、とある。
 不承不承の家内を尻目に(彼女は魚市場の探索には非常な興味を示したのだが、ことお寺巡りとなるとまるつきりである。猫に小判といふのか、豚に眞珠といふのか)拜觀を乞ふベルを押すとご内儀が現れ、お堂の鍵を開けて下さつた。
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 入ると、さほどに大きくはないが御堂の中央に藥師如來、右に日光・月光菩薩(通常ならば藥師如來の兩脇に位置取りするのだが)、左に聖觀音、虚空藏菩薩が鎭座する。いづれも平安初期の所謂貞觀佛なのだが、その表情や衣紋などにどこかしら天平佛の大らかさが混淆してゐる。どれも南京北嶺いづれに置いても見劣りせぬ、それどころかどの御佛も曰く言ひ難い高貴さを漂はせてゐる。
 偶々立ち寄つたこのやうな謂はば寒村、寂しい漁村でかくも素晴らしい佛樣たちに御目通り出來たといふ、邂逅の嬉しさ、有難さ、旅の醍醐味まさにここにあり、である。

 このお寺を辭すると空港へ向つたのだけれど、この山陰旅行(鳥取砂丘コナン空港をスタートし、米子鬼太郎空港でゴール)の掉尾を飾るべく、このやうな出會ひに惠まれたことは近時稀なる僥倖だと思ふばかりであつた。

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2018/10/10

山陰旅行2日目

 昨夜飮み過ぎたのか、寢起きがよくない。それでもこの旅館の賣りである廻遊庭園式温泉に入るとのびやかな氣分になつた。それはいいとして、體重を計ると2キロ増えてゐる。あの苦行はなんだつたのか?!・・・まあ、織込み濟みの筈だ。
 
 車を出すと蒜山高原から大山の麓を走つた。ドライブウエイが通つてゐる。
 蒜山は學生時代先輩と簡易テントを擔ぎ寐袋持參でキャンプし、日本海に浮ぶイカ釣り船の明りを眺めながら飮んだ・・・といふ記憶があるのだが、行つてみると(もう40年以上も前のこととはいへ)、それらしきものはまるで殘つてゐない。といふよりも海が見えない。といふことはここ蒜山にテントを張つて夜の海を見た、といふ記憶は甚だ怪しいものだと云はざるを得ない。
 この記憶、志賀直哉の「暗夜行路」のクライマックスに結びついてゐるのだと思ふ。
 それらはともかく、鬼女(きめん)臺といふ名の展望臺からの眺望を始め、大山山麓の風景は素晴しいものであつた。大山は丸みを帶びた形といふイメージを持つてゐたが、實際目にすると頂上に向つて急峻に尖つてゐる。
 山肌に多く巖が露出して白く見える。妻はあれは雪かしらと言ふ。何を阿呆な、この氣温で雪を抱いてゐる筈がないぢやないか。確かにさうよね。
 山頂は雲に隱れて見えなかつた。山頂が見えなくて殘念ねと言ふので、岩を雪と見間違へるくらゐだから、あの雲の中に頂きを想像することは簡單だらうと言ふと默して苦笑した。
 
 鳥取から島根に入り、松江から安來へ。安來と言へば泥鰌掬ひが有名であるが、この安來演藝場に隣接する足立美術館を訪ねた。
 
 今囘の旅の目的地は、①三朝温泉、②足立美術館、③出雲大社である。①はぼくの朧な知識による。すなはち山陰の温泉といへば三朝温泉という刷り込みがいつどこでなのか判然としないのだけれど、行はれてゐたらしい。②は家内のかねてからの希望。いつであつたかテレビで觀て以來、折あらば訪ねたいと言つてゐたもの。③は面倒なので詳述しない。我が家に娘の上に二人の獨身の兄たちがをるといふことを記すに留めたい。
 
 この美術館、一代で築き上げた財を注込み造り上げたといふ。横山大觀の代表作の6割を所藏してゐるといふのも凄い話だけれど、それ以上に、庭園からの眺め、白砂青松、瀧、岩、巖、水、流れ・・・こちらの方が息を飲む光景だつた。
 
 夕方、宍道湖温泉の旅館にチェックイン。その名の通り、宍道湖の湖畔にある。
 平日だからなのだらう、フツウの部屋から個室露天風呂付の特別室にアップグレードしてくれた。これは狙ひ目だぞ。
 湖畔の散歩道を散歩したりジョギングしたりする人が大勢ゐる。かういふロケーションの中を走る姿はとても健康的だ。東京にも走る人は大勢ゐる。都會を駈けるのはカッコいいと言へるかもしれないけれど、健康的といふ視點から較べてみると些か色褪せるやうに思ふ、と、これは旅に出て勝手な言ひ種かもしれない。
 食事前、ぼくも20分餘り走つた。云ふまでもなく、氣持ちがよい。
部屋に附いた露天風呂で汗を流すと松江驛近くの地元で獲れたものだけを扱ふ居酒屋で地酒とともに、魚介の品々に舌鼓を打つたことだつた。
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2018/02/12

小さな旅;秩父

 きのふは最近には珍しい穏やかな日和だつた。
 池袋から特急で1時間ほど、秩父山系に分け入る。正丸峠のトンネルを出ると雪國だつた、ではなく、先日の殘雪。

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 西武秩父のふた驛手前、芦ヶ久保驛で下車すると10分ほど歩く。
 渓流に沿つて崖道を上ると巨大な氷柱の群が現れる。

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 枝先を傳ふしずくが氷つて、鍾乳洞の石柱のやうに出來上るのか、何たる自然の妙と想像してゐたけれど、家内はグーグルで、あれはあたりの樹木に向つて散水の結果生れた人工のつららですよ、とぼくを幻滅させるやうな言動。とはいへなかなかに大した出來映え。

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 枝から垂れ下がる細長いのは怪獸のヒゲのやう、繁みの上にもつこりとしたのは蔵王の樹氷を聯想させる。あれはモンスターに喩へられたやうな氣がするけれど違つたかしら。

 秩父市内を散策。
 中心エリアはさして広くないが文化財みたいな家屋も多いし、ご神木があちこちに幅をきかせ、歴史を感じさせる。

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 秩父神社は鎮座2100年前といふからもう、伝説の時代。皇室ゆかりの神社とか。左甚五郎作の彫刻が本殿の柱に残つてゐる。

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 驛前から見る雪を薄つすらと纏つた武甲山もなかなかの味はひだ。トレイルランで來たときはセメントの掘削で岩肌がむきだしになつてゐたつけ。

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 これが目的の西武秩父駅前温泉。しつかりとクレジットを入れたネーミングに恐れ入る。そりやあ間違ひまつたくない、その通り。さすが民營鐵道。

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 晴れた日の露天風呂が好きだ。
 湯浴みならば露天がいちばん、それも晴れた午後、空を行く雲の眺めいとをかし、なんて清少納言が言つたかどうか知らない。たぶん言つてないと思ふ。
 でも青空を漂ふ雲の眺めは飽きることがない。青空に白雲と言つても、眞綿色から薄墨色まで、樣々なグラデーションの重なり合ひで、時々刻々姿を變へてみせる。これをぼーつと眺める。氣分すこぶるよし。

 湯上りはビールに地酒、胡瓜の一本漬け、味噌ポテト、豚の味噌炒め、鷄肉入りのわつぱ飯etc、etc。

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 帰路車中、地酒で仕上げ(?)・・・少々飲みすぎだつたな。

   モンスターも一炊夢のつららかな

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