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2021/07/19

内田百閒先生、稲垣足穂君と森を探索した話

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 昨日は今夏一番の猛暑だったとか。
 朝、暑くなりそうだとは思いつつジョギングに出たのは無謀か無知か、いずれ2時間の外遊を無事成し遂げられたのは僥倖というべきかもしれません。

 木陰にゴールインした時にはキャップを被ってはいたものの、脳が頭蓋骨の中で蒸し上がり膨張してとろけかかっていたのか、夢見心地すらしたのはアブナイ兆候であったのかもしれないと昨日の今日、思い返しても定かではない、いや、定かならぬことがそもそもキケンなことであったという気もしないではないのであります。

 携行したアクエリアスを飲み干し、しばし休息すると(いつの間にか午睡に落ちていたようです)、待ち合わせた内田百閒先生、稲垣足穂君と森の探索を始めました。
 夕暮れが近づいていたようです。

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 最近百閒先生のご機嫌が悪い。
 口に出すわけではないし、こちらから伺うものでもないから、心中いかにやあらむと「拝察」するばかりではありますが、私同様、「何もかも」気に入らないのではないかと思えるのです。
 しばしば呼び出される足穂君の話では、やたら不機嫌な様子でむやみに彼に発砲を命じるらしい。
 常日頃足穂君はお尻のポケットにピストルを忍ばせているのですが、ふたりで街を歩いていると、いきなり「撃て」と命令するのだとか。

 足穂君にしてみれば何のことかわからぬが、とにかく先生の指さす方向に向かって(彼には目標が見えないといいます)引き金を引く。すると大きな音をたてて月が地上に落ちてきて砕け散るのだそうです。

 そんなことが最近ことのほか多いのだと足穂君は言うので、私は、
「それって親分に命令されて敵を狙撃する下っ端ヤクザと同じじゃないか」
と非難しました。すると彼はなんら動じる風もなく、
「いや、俺は単に俺の宇宙観に則ってやってるだけっすよ」
と事もなげに応えるのです。

「ねえ、先生」
 先を歩いている先生に私が声を掛けると、もう私の内心を見透かしたかのように、
「うるさい。イヤだからイヤなんだ」
と、どこかで聞いたような返事。

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 私たちはそれから默って歩いていたのですが、先生が突然立ち止り、
「奴らがやって来るのが聞える」
と、髙い樹を振り仰ぎながら言うのです。
 私には何も見えませんが、足穂君はそれが当たり前であるかのように、腰を落として身構え、尻ポケットに手を伸ばします。

「稲垣、見えるか?」
「百閒先生、見えません」
「まだお前の宇宙は見えんのか?」
「見えません」

 私にはふたりの遣り取りが理解できず、やや呆気にとられたのですが、百閒先生は、
「あれ、・・・ あれ、・・・ あれ、・・・ あそこ」
と次々にいろんな方角を指さします。
 足穂少年は四方八方、無茶苦茶に(と私には見えました)、ピストルを撃ちまくります。

 すると木々の枝の間や梢のかなたから次々に月(なんとたくさんの!、それも全然美しくない!)が落ちて来て地上で炸裂し、そのかけらたちはみな、頭に冠のようなものを被って、そこらじゅうに転がるのでした。

「これが奴らの正体だ」
 百閒先生は苦々しくそれらに唾を吐きかけ、足で踏みつぶしにかかりました。
 足穂少年も同じ動作をくりかえします。
「これで世界大運動会だとよ」
 私にはようやく理解されました。

 これら月に姿を変えたものたちこそ、今や世界中に猖獗を極めている厄病神の使徒たち(のごく一部)なのだと。
 そうして、踏みつぶされている化け物たちは足下、冠(コロナ)を被りながら様々な人間の相貌 ―― 慾・権力まみれ、自己中、虚言妄言癖、破廉恥漢 ―― を露わにしているではありませんか。

「不届きな輩どもめ!」
 吐き捨てるような声とともに百閒先生の姿は消えてしまいました。と、同時にゴトンゴトンという汽車が通過する音がリズミカルに響きわたります。

 阿房列車内田百閒と自認するくらい汽車に乗るのが大好きな先生には、時計を見ながらゴトンゴトンという規則的な音を数えることで、乗っている汽車の速度が推測できたといいます。だから私たちには聞えないものまで聞えるのかもしれません。

 それは足穂君も同じようなのか、と思っていたら彼の姿は、 ・・・・・・  いや、消えたのではありません。一人乗りのプロペラ機で森の木々の間を自由放縦に飛び回ると、無限の空へ去って行った、もしかしたらジョナサン・リビングストンになったのかもしれません。

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