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2021年3月の記事

2021/03/30

いろはにほへと

 城北公園あたりまでジョギングした。桜が地面に散り敷いている。
 色は匂へど散りぬるを、だな。

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 今更だけれど「いろは歌」ってすごいものだ、と走りながら思う。

  いろはにほへと ちりぬるを わかよ たれそ つねならむ 
   うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす

 47音に重複がまったくないのはすばらしい出来、「あいうえお」の51音ではこうはゆくまい。
 しかもその意味するところ深い。佛教の教説の粋を表わしている。

     色は匂へど 散りぬるを・・・諸行無常(この世のすべては永遠ではない)
     我が世誰そ 常ならむ・・・是生滅法(生まれ滅するのを真理とする)
     有為の奥山 今日越えて・・・生滅滅己(生れ滅して、滅し切れば)
     浅き夢見じ 酔ひもせず・・・寂滅為楽(悟りの境地に至る)

 弘法大師空海の作になるというが諸説あるらしい。しかし、大したものだ。

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 先週末の雨でもう散ってしまっているだろうなと思いながら、来てみれば結構咲き残っているじゃないか。
 ずいぶん人出が多いぞ。まるで日曜の午後みたいだ。
 そうか、春休みなんだ。

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 少年たちは野球の練習に精を出し、その向うではボールを蹴りあっている。
 息子が所属した地元の少年野球チームの合宿に参加したのは20年くらい前だったか。
 Jリーグが出来てサッカーがブームとなり、ボールの蹴り方を教えてやったのはもう少し前か。
 スポーツジムでフットサルが流行ったころ、息子たちも入れてやったが、賴りにならないからと、なかなかこちらへパスをよこさない。

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 その息子たちももう30を過ぎた。かれらは而して立っているか。
 家を出たひとりはコロナ禍で引き籠り生活中、マスクを届けてやったら(去年の夏前か、マスクが異常に不足していた)、同棲発覚。マスク越しに初めまして、と挨拶されたものだった。

 隣のグランドでは高校生とおぼしき乙女らが黃色い声(月並みな表現だな)をあげながらソフトボールの試合で盛り上がっている。
 ワールドカップでもオリンピックでも女子チームは大活躍だ。
 こんな風景も当たり前になっている。

 女子を侮辱する愚かな発言で会長を辞めたのがいたっけ。
 老害と自ら口にしながら、己の老害を認識できておらぬ。
 こんなのが、あっちこっちにいるんだ、この国には。

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 走り行く先々、疫病の影はどこにも見えない。
 だれも楽しげだ(そう見えるだけなのかもしれないが)。
 ここにいる人たちにとっては他人事なのだろう、自分を含めて。
 たぶんじぶんは大丈夫という正常性バイアス。
 それでもマスクをつけてソーシャル・ディスタンス。
 みな精いっぱい我慢をしている。

 そうでないのも若干見かけるが、一概には責められない。
 自粛を唱えるおおもとの官僚たちが多人数で夜遅くまで飲食している姿がつい最近暴露されたのだから。
 馬鹿馬鹿しくも虚しい限り、これは政治も同じ事なんだが。

 ここのところ走り出すと決まって太腿の裏の筋肉、ハムストリングがむやみにこわばって痛む。
 1キロを過ぎたあたりでようやくほぐれる。走り過ぎなのか、よくわからない。
 己のからだと注意深く対話を続けなければなるまい。なんせ年なんだ。

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2021/03/27

コロナ禍の桜満開

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          咲き誇る花にコロナの憂ひなし

 コロナ感染者数は日ごと漸増。これが第4波なのか、というより、相変わらずの愚劣な現状対応、どうしたものだろう。
 ウイルスは自ら生き延びるために変異を繰り返す、当たり前だ。何を右往左往してるんだ、政治屋もメディアも。去年から言ってるじゃないか!

 問題はどういうきっかけ(症状、あるいは濃厚接触の有無)で検査が陽性になったのか、陽性だとして重症度はどうなのか、なのだ。
 感染経路が追えなくなっているんだから、徹底的にランダムにPCR検査をして、隔離政策(濃厚接触者も当然)を強行しなけりゃ現状打破できないに決まっている。どうも感染症という見えざる敵が政争の具にされているように思えて仕方ない。

 ようやく千葉で無作為のPCR検査が始まるようだが、東京で何故まだやらないのか、行政の方針を疑う。
 折からオリンピックの聖火リレーが始まった。初めに開催ありき・・・じゃないだろう? 全く腹立たしい。

 桜は今日あたりが頂点か。明日は雨風が強いとか。
 彼ら、あるいは彼女(ジェンダー云々してはいかんのだったな、このご時世)に感染は他人事。そう、自然はそのままで限りなく美しいんだ。

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2021/03/23

房州の春

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 房州の山中に大山千枚田という棚田がある。実際は375枚だとか。
 人影はなく、カエルがにぎやかに静寂を破っている。

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 さらに急な坂道を上った山の中腹に大山寺なる寺院があり、当地では大山不動尊として親しまれているという。
 本堂(なのだろう)不動堂の内陣の厨子には鎌倉中期作の不動明王坐像と両脇侍に童子立像が安置され、格子ガラスの奥に拝観できる。

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 格子戸の手前には十一面観音の立像があり、かなりの年月を経て全身が摩耗しており、その朧さ加減、覚束なさに言い知れぬ愛着を感じる。
 なんの説明書きもないが、ひょっとしたら、と、天平の風を感じた。

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 鐘楼は創建された当時、江戸時代のままの姿を留めており、撞くことができる。
 但しコロナ感染に注意し、手指消毒を促す張り紙がある。

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 撞木の綱を引いてみる。重い。ほんの少ししか撞木は動かず、梵鐘まで届かない。揺れに合わせて少しずつ大きく引き、―― ホントにこれ鳴らしていいのか、と不安に思いながらも ―― 3度目に放すと途方もなく多きな音がした。
 残響は間違いなく里山一帯から眼下の長狭平野と呼ばれる狭隘地まで届いたのだろう。
 お堂の内部に写真撮影禁止の表示はなく、梵鐘も撞いてよし、と大らかなお寺だった。

           蛙鳴く棚田の里の花見かな

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2021/03/19

100通りのありがとう;期間限定公開中!

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 東北大震災の翌年、2012年3月18日に銀座のホールで行われた3歳から83歳の被災者114人によるミュージカル。震災後、日本中、世界中から送られた多くの支援に対する感謝の気持ちを、自らの経験を語りながら歌と踊りで表現したものだ。

 発端は、被災後、何かできることはないかと考えたある被災者が、身を寄せていた音楽家と相談し、呼びかけて参加者を募ったこと。
 歌なんか歌っている場合かとの声もあった中、見知らぬ同士が集まり練習を重ね、震災から1年後に開催し大好評を博した。
 その後毎年全国各地で公演を行ってきたが(アメリカ公演も行ったと)、震災から10年後の今年はコロナ禍で開催できず、初回の公演をYouTubeで公開している。

 こういうことが行われていたとはずっと知らなかったが、新聞で知り早速視聴した。
 ほとんどが素人の集団で、ユーモアも交えているが全編、涙なしには見られなかった。
 震災直後にこのような前向きの姿勢で、というと必ずしもそう単純であるはずもない。練習中歌詞を見て津波を思い出し悲嘆の涙にくれる人もいた、それでも演じる中で、仲間同士の支え合い感が生じ、歌い、踊ることが自分たちの前を向く力になったと。

 当時海外からも震災に遭って日本人がとった冷静で互いに助け合う礼儀正しい行動が称賛されたが、現場では必ずしもそうでない、略奪などもないわけではなかったという。
 東北人は辛抱強い、なんてよく言われるけれど、われわれはただひたすら我慢、耐えているわけではない、それほど聖人君子じゃないんだと正直に心中を吐露する。
 悲しくないわけがない、つらくないわけがない、というミュージカルに込めたメッセージとともに、横並びに立つ子どもたちがプラカードを一枚ずつ掲げながら示す「だいさんじはんぶんはじんさいだ」(初めから読んでも終わりから読んでも同じ。大惨事半分は人災だ)の表現は強烈だ。

 3月31日までの期間限定公開です。ぜひご覧を!
 とびだす100通りのありがとう 公式チャンネル 

2021/03/17

「宇宙誌」松井孝典 ・・・ 再読 

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 新型コロナウイルスの勢いがなかなか止められない。国外ではむしろ増悪のくりかえしもみられる。巧妙に変異しながら次世代へコピーを続けている。実に厄介だ。
 100年前のスペイン風邪にしろSARSにしろ終息した。いずれこの悪疫も終焉を迎えるのだろうと思うのだけれど、地球人すべてが心身ともに苦境を強いられているのはグローバル化に尽きるということか。
 ウイルスそのものが国境、海を簡単に飛び越えて拡大するばかりでなく、人の声・情報もいとも容易に拡散する。それも虚実ないまぜだから、不安と疑惑が人々を脅し、加えてメデイアが時に正義を装いながら煽動する結果、世界を様々な形で分断している。
 科学だけで対応できない、経済とか政治とか、損得勘定が倫理を凌駕したりする。オリンピック開催云々がその象徴ではないか。

 あと何年かすればぼくたちが経験しつつあるコロナ禍社会が、いかなる評価・審判を受けるのか、今の時点である程度予測はできても明らかにするのは歴史(そう先のことではなかろうが)に違いない。
 人類の歴史からすれば、地球の歴史からすれば、ほんのわずかな「瞬間」の出来事ではないのか ・・・・・・

哲学と宗教全史」では「人間とは何か」について哲学と宗教の関連が時間軸の上で俯瞰して述べられているが、本書では科学的な見地から「我々はどこから来たのか、どこへ行くのか」、地球のみならず宇宙の歴史と未来が語られる。
「宇宙史」でなく「宇宙誌」と命名されたのは単なる自然科学の歴史書ではなく、他ならぬ人類(自然の一部としての)の営み、その存在意義を探らんとする意図が本書の伏流をなしているからではないかと推察する。

 1993年の刊行で、ぼくはその翌年に読んだ。20年以上経った今再読してみても、そこから与えられる多くの示唆に全く違和感を覚えない、かつて受けた感慨がそのままに保存されているように感じる(当時の読書日誌を読み返しても)、要するに地球の長大な歴史に関して科学的知見に大きな発見・変化はこの間なかった、ということなのだろう。
 これはむろん、本書の価値をいささかでも貶めるものではない。今なお、主張するところ鮮烈な輝きを放っている。

 人類学者今西錦司によれば、人類はすでに200万年前にはりっぱに人類として生活しており、祖先が地上に現れ出したのは1400万年前であったという。
 著者は問う。
「1400万年前から200万年前まで人類はいったい何をしていたのだろう、・・・・・・ そして200万年前から人類の文明の痕跡をさかのぼれる1万年前まで人類はいったい何をしていたのだろう ・・・・・・」
 続けて語る。
「1万年前、人類は農耕を知った。 ・・・・・・・ ここからバビロニア最古のシュメール文明、エジプト古王朝、あるいは中国最古の伝説的『夏』王朝への道のりはほとんど一跨ぎの距離にある ・・・・・・ 」
 そして断じる。
「人類が農耕を憶えた時点から、環境問題を自らの宿命とした。 ・・・・・・・ 地球との共生の道を放棄し、地球の資源を食い潰すことによって ――結果として環境は汚染される―― 自らの繁栄を図るという重大な選択をした ・・・・・ 」
 さらに考察を重ねる。
「200億年という広大無辺の時の流れの中で、宇宙は地球を生み出す必然性を持っており、地球は人類を生み出す必然性を持っていたのではないか ・・・・・・ 産業革命が始まった頃、われわれは宇宙とは何か、地球とは何か、生命とは何かということについて、科学的は意味でほとんど何も理解していなかった ・・・・・ それから200年余りを経て、今、われわれはそれらの命題について完全とはいえないまでも、ほぼ納得しうる答を手に入れようとしている。 ・・・・・・ 人類が人類自身の存在理由を明らかにしつつある ・・・・・・・ (だが  ・・・・ とこの先、疑義を自ら唱える)

 確かにこの200年ほどの間に科学は様々な分野で進歩した。
 にもかかわらず、―― とぼくは初読から自分の生きてきた時代を振り返り、―― あれ以降、地球上では天災、厄災、戦災が止むことなく起こってきた。自然の一部である人類にとっての進歩っていったい何なのだろう?
 地下鉄サリン事件、スマトラ沖地震、中国四川省地震、阪神淡路大震災、北朝鮮のミサイル発射、アメリカ同時多発テロ、狂牛病、イラク戦争、SARS流行、新潟中越地震、新型インフルエンザ流行、東日本大震災、イスラム国による紛争、パリ多発テロ、熊本地震、 ・・・・・・ この間も地震、豪雨など自然災害が毎年のように日本のみならず世界各地を襲っている。
 そして、コロナ禍。

 ウイルスたちの跳梁跋扈を許したのが人類の繁栄(人口増加)に対応すべく行われたかれらの棲息地域(未開の森)の簒奪によるものならば、この星に生きるもの同士が争っている場合ではない。
 著者は叫ぶ。「46億年の地球史に比べれば人類400万年の歴史は一瞬のまばたきにも等しい。我々人類だけが母なる星・地球を傷つけていいものか!」
 友よ! 争っているときではないぞ! ・・・・・・・・ しかし、虚しい。
 
 最終章で著者は科学者たちが示した「神」への関わり方の事例を揚げ、「我々とは何かという人間存在の本質を問うのであれば、科学は否応なく哲学の領域に足を踏み入れていかざるを得なくなる」と述べて擱筆する。

「哲学と宗教」にもどる。求めるものに解は明らかではない、簡単には与えられない。
 窓の外、ビルの燈りが寂しい。

 

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2021/03/10

人間とは何か? 「哲学と宗教全史」出口治明

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 人間とは何か、どこから来て何処へ行くのか? ・・・・・・・・  解答を得るべく古今東西、膨大な数の人々によって議論がなされてきた。膨大な、というのは人類史上の大部分を占める無数といってもよいであろう無名の人々の「思い」を念頭においてのことである。
 誰しもが抱く問いであり、容易に納得のゆく答は得られない。
 我々の先人たちの中で特別な才能を持つ人たちが、数多の記録を残してくれている。
 かれらは考えた。分析した。過去の事跡を辿った。道理を訪ね、議論を重ね、歴史が学ばれ、哲学が生れ、信仰が生れ、・・・・・・・ どのような順序でこれらの道程が踏まれたのか、まったく人さまざまだ。そして我々は個々に読書を通してアプローチを試みる。それぞれの人生の、いろいろなタイミング、機縁で、その人なりの切り口で。

 我が身を顧みるに、10代の頃から人生の黄昏どきである今に至るまで、歴史(日本史・世界史)、哲学(ソクラテス・アリストテレス・老子・孔子・ヘーゲル・ニーチェ・サルトル)、宗教(古代宗教・ユダヤ教・キリスト教・イスラム教・ヒンズー教・仏教)と、羅列すれば壮大ではあるが、どれもその時々の「思い」、観念・感情・感覚に駆られての、切れ切れの「知識」の寄せ集めに(結果としては)過ぎなかった。
 無論、理解し難いことも多々あったし、年を経るにつれ読み取る内容にも変化を生じるのは多くの読書する人々と同じである。
 そうして記憶の棚から落下し忘却のかなたへ過ぎて逝ったもののいかに数多なるかを痛切に思い知るのは、何年も、あるいは何十年も経って同じ本を読み返しては、「新発見」に遭遇すること実に少なからざる事情による。

 歴史学者は歴史を解説する。宗教人は宗教を説く。哲学者は哲学を語る。各々の言説に接して自分はたぶんそのたびに首肯したのだと思う。その理解がどれほど身に着いたのか、どれほどの時間大脳に保存されていたのか、省察するに全く覚束ない限りである。

 本書の著者はかかる意味の「専門家」ではない。実業家・教育者とふたつの顔を持ち、歴史・哲学・宗教・科学・芸術と、世の中のあらゆるジャンルに散りばめられている真相・真理を統合的に追及する「総合者」とも呼ぶべき人物かもしれない。
 本書の特徴は、西洋・東洋・中近東という文化・文明の発祥した地域に起きた多数の込み入って関係しあう事象・事例を時間軸の中で対比させることだ。

 世界最古の宗教ゾロアスター教の流れの中でユダヤ教が生れ、ここからキリスト教・イスラム教に連なり(のち中国に及ぶ)、古代ギリシャの哲学は古代インド哲学と邂逅し、この間中国では儒家・道家の系譜が主流をなし(後の朱子学はデカルトにも通じる)、インドのバラモン教とのせめぎ合いで仏教・ヒンズー教が生れ(孔子とブッダは同時代人。ソクラテス・プラトンも近い時代)、幾多の戦争はこれらの地域間の文化交流・混淆を生み出す。
 インドに生まれた仏教はブッダの教説と全く形を変えて大乗仏教・密教として中国・日本へ伝わり、発祥地インドではヒンズー教に取って替わられた。

 ペルシャ戦争、アレキサンダー大王の東方遠征、フランス革命とナポレオン、アメリカ独立戦争。そして途中でからむのがガリレオの地動説、ニュートンの万有引力発見、ダーウィンの進化論、ペスト禍、・・・ 哲学と宗教には、科学、政治も当然ながら深く関与する。

 デカルトは「我思う、ゆえに我あり」と言いつつ神の存在を主張し、ヘーゲルの弁証法・絶対精神(絶対真理)を批判したショーペンハウエルは厭世主義から仏教の輪廻転生に傾斜し、キルケゴールは実存主義を論じたが最終的には神に行き着く「宗教的実存」を唱え、同じ実存主義ながらニーチェは神の存在を否定し、歴史の永劫回帰(仏教の輪廻転生と同じ)という運命を受け入れる「超人」「力への意志」が世の中を動かすと主張した。
 マルクスの唯物史観、フロイトの「無意識の発見」から20世紀へ。

 こういう展開、俯瞰的な捉え方による史観は、ダイナミックで目の眩む気さえする。「全史」と銘打ったのも頷ける。

 人間とは何か、今生きているこの命とは何なのか?
 「全史」の中枢で底流をなすのは、神と哲学との様々なかたちでの対峙だ。

 ―― 我々人間が生まれたのは神の御業なのか。
 ―― 否、論理を(科学的に)遡り生命の根源を哲学で解釈すべきだ。ルネサンスで人間の「再生」が叫ばれて「哲学は神学の端女(はしため)」という立場は一転した。
 ―― この命の原初は哲学では説明できない。
 ―― 否、人間の理解を超えたものを議論すべきではない。
 ―― それは明かすものではない。信ずべきもの、信仰だ。

 これからも自分の中で何度も繰り返される自問に対して、本書の俯瞰的叙述が自答の糸口になるように思う。参考文献が各セクションごろに設けられており、理解を深めるのに有用そうだ。

 

 

2021/03/03

不届きなジョギングの罰当たり

 日が長くなったとはいえ走る途中からはとっぷり暮れる。夜道は摺足にならぬよう意識して腿を上げて走らないとちょっとしたデコボコにも躓き、あぶない。平坦な道ですら転倒するのだ。

 いつだったか、比叡山回峰する修行者の映像を見たことがある。
 深夜出発し、30キロの行程、途中礼拝箇所が200か所以上あるから走り続けるわけではないが、提灯で足元を照らしながら岩から岩を次々と飛び越えてゆく姿に驚いたことがある。いかに慣れた道筋とはいえ、大変な身体能力が必要ではないか。

 7年かけての千日修行。1~3年目;1日30キロの巡拝を年間100日。4〜5年目;年間200日。6年目;比叡山中の行程30キロに加えて京都市街外れまでの30キロを100日。7年目;前半100日は京都市内までを巡る84キロ、後半100日は比叡山中30キロ。
 途中脱落となれば自害、そのための短剣、埋葬料10万円を携行する。この間、断食・断水・断眠・断臥の日があり、10万回の真言を唱え続け、・・・満行ののち、阿闍梨と呼ばれる地位が与えられるという。

 これだけ肉体を酷使すれば徐々に鍛えられてはゆくのだろうが、それに耐えられるだけの肉体がそもそも備わっていなければ、完遂できない、かかる視点に立てばアスリートでなければ阿闍梨への挑戦権はないと言えまいか、・・・・・・・・・・ 修行者の方々への冒涜になるかもしれぬ、軽々な思いつきは慎むべきなのだろう ・・・・・・・・ などなど雑念にまとわりつかれながら、今日も走った。

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 城北公園は人影がまばら、陸上競技場、駐車場、遊び場も入口が閉鎖されている。
 今週末の緊急事態宣言解除を目指しての方策なのだろう、区の広報車が「不要不急の外出はお控えください」と呼びかけて廻っている。
 コロナの感染者数は下げ止まり状態が続き、今夕、緊急事態宣言解除の延長が報道された。

 不届きな雑念に駆られながら走ったバチが当たったのか、帰宅後しばらくすると、不整脈(心室性期外収縮の2段脈)が出現、たちまち気鬱がぼくを襲った。
 1分余りの出来事なのに、心臓に端を発したイベントは毎回、大脳に秘匿されているはずの「根源的不安」を即座に自覚させる。心臓での異常心拍の知覚→大脳への刺激伝導(アタマの記憶惹起)→不安の自覚(ココロの揺らぎ)、ではない。
 ココロは心臓にあるのだと思わざるを得ない。

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2021/03/01

「M/Tと森のフシギの物語」大江健三郎

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 転生・再生、魂の救済の物語だ。
 主人公「僕」はもの心ついた頃から祖母から生地四国の山奥に伝わる神話的伝承を聞かされる。

 江戸時代に野放図な生活ぶりで25人の若い仲間(および25人の娘)とともに船で追放された藩の重職の息子「壊す人」が、類まれなリーダーシップで山奥の谷間に新天地を拓き、世間と隔絶した社会を創設する。これを支えたのは、嫁ぎ先から飛び出し同行した兄嫁「オーバー」。25対の男女は家族をなし、共同社会を作り次世代を生み出してゆく。
「壊す人」はやがて「昇天」し、オーバーもやがて死ぬ。

 100年後、世代交替とともに社会に「ひずみ」が生じたので、創始の精神に戻ろうと「復古運動」を若い衆たちとともに主導したのが「オシコメ」という超能力と巨体を持つ女性。
 この復古運動では家族構成を根こそぎ変えてしまう「住み替え」や、貧富の差をリセットするために村中の家を焼いてしまうとか、行き過ぎた結果を招き、オシコメは失脚、若者と長老の合議制による「自由時代」が始まる。

 これまでは森の中の独立社会であったが、幕末のころから外界との接触が脱藩者たちの往来とともに始まる。さらに血税から逃れるために下流の村民が大挙して森の村へ押し寄せ、藩の権力者との折衝の中であらたな英雄「メイスケサン」さんが活躍する。
 メイスケサンは反体制主導者として牢死するが、その母(あるいは義母)との間に「童子」が生れる。
 この子がメイスケサンの生まれ変わりとして村の危機のときに気を失って、森にあるメイスケサンの「魂」から救済案の指示を受ける。
 ふたりとも頭に傷がある。

 太平洋戦争の終り頃、予科練の訓練に耐えきれず脱走した村出身の若者が逃げ込むことで、陸軍の兵隊と森の住民たちとの間で50日にわたる奇妙な戦争が起こる。
 これに先立って村の長老たちがそろって「壊す人」の夢を見、戦に備えよというお告げを受ける。
 この50日の戦闘がなかなかの見ものであるが、村ではふたたび「壊す人」の夢のお告げで無条件降伏をするが攻める側の隊長は(おそらくは奇妙な戦いに懊悩の末)縊死する。

 物語の内容は奇想天外なことの連続なのだが、主軸はMとT、二人の組み合わせ。
 Mはmatriarch(メイトリアーク:女家長・女族長)、Tはtrickstar(トリックスター:いたずら者だが何か特別なことをやらかす)と作者が序章で述べている(単に罠を仕掛けるものでいいとぼくは思うが)。
「壊す人T」と「オーバーM」、「オシコメM」と若い衆T、「メイスケサンT」とその母M。いずれも女性が物語の構成上重要な役割を担っている。

 長い年月の物語を貫いているのは転生であり再生だ。
「メイスケサン」の生まれ変わりが「童子」であり、ともに後頭部に生来の傷のようなものがある。そして「僕」も小さいころ(森の伝承を語る祖母のプレッシャーから逃避しようと水死を目論んで)川に潜ったときに水中の岩に頭を挟まれ危ういところを母に助けられ、その時後頭部に傷を負い、その跡が残っている。
 そしてTたちはいずれも権力と戦う。江戸時代及び幕末の藩と、太平洋戦争時の大日本帝国と。
 さらにTたちは冥界へ去ったのちも現世のものたちと交感する。童子は意識を失いメイスケサンの魂と語りあう。長老たちは夢で「壊す人」の指示を受ける。

 そして終章。
 伝承を聞かせる祖母もMであるとすればそれを聞かされる「僕」はTか? 
 なぜ「僕」が祖母から森に伝わる物語の聞き役に選ばれたのか。「僕」は幼い頃「神隠し」に会い森を彷徨った経験があり、それからだ、祖母が「僕」に伝承を聞かせはじめたのは。 
 それを書き残すのが自分の任務(Tとしての)と思っていたが、祖母が亡くなり、森に生まれ今は老いた母親もまたMとしての本然の姿を露わにする。

「この村に生まれたものは死ねば魂になって・・・グルグル旋回して昇って、森の高みに定められた自分の樹木の根方に落ち着いて・・・ムササビのように滑空して赤ん坊の身体に入った・・・と信じ、・・・原生林の奥に『森のフシギ』というものがあると教えられ、そこに懐かしさを感じ、・・・この土地で生まれ育って、生きて死ぬ、いわばそのおおもとではないか・・・」(この地方独特の話し方で語ります)

「僕」が結婚し生まれた息子(ここから作者のご子息「光」さんが登場)は頭に瘤の奇形を持ち、手術で取り除くが知的障害を後遺する。
 頭の傷は、「メイスケサン」、その生まれ変わりの「童子」、それから「僕」、そして息子にも同様に引き継がれて現れる。
 知的障害を持つ息子は音楽に関して天賦の才を発揮する。老いた母を訪ねた息子は聞かされた「森のフシギ」を曲に創り込み、音楽を通じて母親と交感を果たす。ここで息子はT、その祖母はMの役割を与えられる。

「森のフシギ」は伝承から現実に結びつく。
 それは永遠に繰り返される苦の輪廻ではなく、転生・再生による人間の魂の救済だ。

 

 

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