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2021年2月の記事

2021/02/25

梅の宴

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        梅の香にしばし厄病忘れけり

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        山裾に拡がる広大な梅林
        踏み入ると人影はまばら
        マスクを外すと鼻腔に流れ込む梅の香
        嗅覚は侵されていない

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2021/02/16

余震

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 先週土曜夜の福島沖の地震には、久しく遠ざかっていた激しい揺れの記憶がにわかに蘇り、肝を冷やした。現地が震度6、東京は3だったが、3階の我が部屋は本棚に飾った人形が落下した。

 東北大震災から10年も経つのにこれがあのときの余震だというのだから、地球の歴史に比べるとぼくたちが生きている時間なんてほんとに短いものだと人間存在のちっぽけさになんだか虚しくなり、おまけに五輪大会会長の妄失言に端を発した後任指名騒動の胡散臭さやら、感染者の減少傾向が覚束ないコロナ禍やらに、愕然、茫然、ウンザリといった心情がドロドロと混ざりあって週明けを迎えれば、それまでの穏やかな天候は一変、朝から冷たい雨が夕方まで降り続き、被災地にのしかかる呪うべき運命を思い気鬱になった。

 あの時も冷たい雨や雪が被災地をいたぶり続けたのだった。
 なぜ、このように2重、3重に厄災は狙い撃ちをするのか、なぜ、迷惑極まりない当たりクジのカードがくり返し配られるのか、だれが、そのような選択を行っているのか、・・・・・・・・・ 答の得られようのない自問が脳裡を駆け巡る。

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 今日は晴れ上がった空がいかにも碧空という趣きで白雲を浮かべていた。
 先週に引き続き、仕事帰りに荒川べりをジョギングした。気分転換というわけではない。「なんとなく」である。なぜ走るのか、自分でもよくわからない。

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 今回は浮間公園から戸田橋を潜り、笹目橋まで上り、橋を渡り埼玉県側を戸田橋まで下り、公園に戻るコース。
 笹目橋を渡り終えるまで、ずっと時おり勢いを増す向かい風に悩まされ続けたが、下りは追い風に押されてまずまずのペースで走れた。
 終わってみれば気分は悪くない。
 来週もきっとここを走るのだろう、・・・・・・・・ いや、来週は休日、代替わりして初めての天皇誕生日なのだ。走るなら皇居、かな。

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   (2/17;誤記訂正。今年は新年号になって3年、昨年が最初の天皇誕生日でした。日曜と重なったので翌日が代休になったんでしたね)

2021/02/12

バレンタインデー

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 きょうバイト先のクリニック(AM)と病院(PM)のスタッフの方たちから一足早く、チョコをいただきました。
 コロナ禍とは無関係に今年もこの風習は踏襲されています。
 チョコは月並みなので今年はこれにしました、というコメント付きは左手のにゅうめんと味噌汁セット。いいですねえ。
 中に個人的にくださった方もおられたりしまして、老生あやうく勘違い、は致しません。

         義理チョコと言えどもうれし春この日

 だいぶ日脚は伸びてはいるようですが、まだまだ気は抜けませんね。


2021/02/11

ウイルスたちの言い分(続き)

 先日の続きです。

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 そもそも、ウイルスは生物ではない。遺伝子(DNA、RNA)とタンパク質からなる粒子だ(従ってかれらを武器に仕立てて「生物兵器」というのは正しくない)。
 「非細胞性生物」とか「生物学的存在」とか呼ばれることがあるようだ(もっとも、近年生きものに属すべきウイルスの存在が議論されているらしいが今は措く)。
 生きものでない「粒子」が動物に乗り移って悪さをする、しからばかれらは化物か、いや自然災害と同じことじゃないのか? ・・・・・・・・

 ウイルスはエネルギーを作るノウハウはあるが自分で産生することはできない。かれらはひとりでは生きられない(生きられない→「非生物」に対しては矛盾した表現ですな)。
 宿主に寄生し、宿主の中でのみ増殖が可能。つまり他の個体の遺伝子の中に自分たちの遺伝子をはめ込んでその位置を確保すると、宿主の作り出す栄養で生き延びる(生き物ではないのに、この言い方もおかしいわけですが)。
 軒先を貸したはずの宿主はときにパニックを引き起こす。宿主の過剰な防御反応の結果としての、これがウイルスによる発病。
 宿主が斃れて栄養分が断たれないうちに(生命、じゃなくて「活性」を保存するために)かれらはより良い条件を持つ他の個体へ乗り替える。ここで変異したり、しなかったり、と、世代交代。

 こうした世代交代に際して「善き仲間」としての役割を果たすものもいる、未だ解明されていないだけで実は、善玉、「善き仲間」の方が圧倒的に多い、とされている。
 なんせ途方もない数。・・・・・・・・地球上のウイルス粒子(細菌よりも当然ながら小さい。5千~1万分の1ミリ以下だと)をずら~っと一直線に並べると銀河系65個分の長さになるんだそうな(想像だに困難!)。

 生物が進化する過程でウイルスが遺伝子の中に座を獲得し(我々の遺伝子の中になんと数10パーセントもの感染の痕跡が残されているらしい)、環境に対する抵抗性を獲得し、現在のような動物、ヒトのからだが出来あがった、かれらは数千年前から、あるいは数十億年前から存在していた、という説も。
 つまり生命体の誕生以来という、途轍もなく長い付き合いがあったのであれば、ウイルスの大多数を占める「良い奴ら」(非病原性のもの)は人類の進化に膨大な貢献をしてきたことになるのだろう。「胎盤」の形成以外にも人類にとっての膨大な貢献が隠されているに違いない。

 今更だけれど、我々人間は自然というものに対して傲慢だったと思う。
 悪玉ウイルスを人間社会に引きずり出してきたのは人間なのだ。
 人類はかれらの領域に踏み込み過ぎた。
 縄文から弥生へ・・・農耕の手法を獲得し、人口は増え、一定地域での定住地拡大が起こり、先住生物たちは棲息の場を追われ続けた。
 森や里山の減少、砂漠の拡大 ・・・・・ そこに先住していたものたちは移動を余儀なくされた。熊だって、鹿だって、イノシシだって、みな言い分はあるのだろう。

 そうしてかれらに寄生するウイルスたち(の仲間の一部)が今の厄災をもたらしているわけなのだろうが、残念ながらかれらの代表がいくら、「スミマセンね、うちの若いものがヤンチャしまして」などといったところで、その言い分は到底受け容れられない。
 一悪は万善を潰す、感染症の原因ともなるウイルス一族が背負った宿命である。

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 樹木・草花を見ているとかれらは生きている、としみじみ感じる。雲の動きを見ても、そう思う。
 すべて自然は生きている、森羅万象に生命が息吹いている、生物学的考証を飛び越えてウイルスも「生きている」、・・・と、思わざるを得ない。

 しかしこの新型コロナ、そろそろ身を引いてもらいたいものだ。イギリス、ブラジル、南アフリカとかれらも必死に姿かたちを変え、逃げ回ってはいるけれど。

       

2021/02/10

寒緩む

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 夕方ジョギングに出ようとして玄関の鏡に映る我と我が身を一瞥、きのう小学校の校門の辺りで警備のおじさんになぜジロジロ、マジマジ、強い視線を浴びせられたのか、合点がいった。
 ちょっと気を付けなけりゃあいかんかな。

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          寒緩み顔もほころぶ日を願ふ

 今日はきのうと打って変わった日和。
 もうそろそろ収束に向かってもいいころじゃないのか ・・・・・・・

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2021/02/09

ウイルスたちの言い分

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 仕事帰りの午後、荒川べりを走った。晴れてはいたが、風がむやみに冷たい。
 ランナーはこんな日の昼下がり、いるわけないな、と思っていたらはたして目撃したのは3人のみ。あとは厚着でウオーキングする人たちがボチボチ。
 時おり風が強くからだに噴きつけて来る。これじゃあ、マスクなしですれ違ったところでウイルスは空中に漂ってなんぞいられないなあ、とまたぞろコロナが脳裡をよぎるが、よぎったのは今日コンサルトを受けた入院中の患者さんのCT画像。

 PCRは2回陰性だった、当初の強い呼吸困難感はほぼ消失したものの、肺炎の影が結構残っている、どうしたらいいだろうか、と。
 あとは外来フォローアップでよいでしょうと、来週ぼくの外来を受診して頂くことになった。
 担当医が2回PCRを行ったのも道理、というその画像。やはりCOVID-19肺炎の治りかけの所見に思えた。要するに偽陰性。最近、PCR陰性のこの手の画像をよく目にする。

 緊急事態宣言から感染者数は減ってはいるが、まだまだ今後のことは分からないし、ゼロにならない限り宣言解除となったらたちまち再増加するのではないかと危惧する。
 ここのところウイルスが変異し、イギリス由来とか南アフリカ由来とか言われているが、完全な鎖国状態であっても同様の変異が日本でも起きていたのではないか、つまり、このウイルスは、ある一定の条件下では同様の変異を来す性格をもともと内蔵していたのではないか、と思っている。

 一寸の虫にも、ではないけれどウイルスたちにだって言いたいことはあるのではないか。
 たしかにウイルスといえば人体に悪さするものというのが間違いなく通常の認識、ウイルス活動が社会で顕在化する場合、まず100%、厄災をもたらすからこれは当然の理。
 ざっと思いつくまま列挙すると、インフルエンザ、麻疹・風疹、日本脳炎、肝炎、ノロ、ムンプス、狂犬病、エボラ、HIV、それにSARS、MERS ・・・・・・・・ お馴染みのもあれば恐ろしいのもある。

 でもそれはごく一部らしい、いい奴もたくさんいるらしい、なんて医療職にあるぼくが発言したら顰蹙ものかもしれないが、実際そうらしいと思うのは、過日の日経新聞の記事。
 ・・・・・・・・ 胎盤の進化的形成にウイルスが貢献してきた事実が解明されている。赤ちゃんが体内に誕生したときに母親の免疫が「異物」を排除しないシステム構築にウイルスが一役(かもっとか)買っているという。こうして哺乳類は子孫を作り出せるようになった。脳機能の進化にも関わっているらしい ・・・・・・・・ とこんな内容だったと思う。

 コレステロールには善玉と悪玉がある、腸内細菌にも善玉がいる、とこれはもう現在では人口に膾炙されるところ。ならばウイルスにも善玉があるというのも  ・・・・・・・(続く)

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 さて、本日は浮間公園から荒川べりを新荒川大橋まで走り(下り)、橋をわたると向う岸を戸田橋まで行き(上り)、戸田橋から浮間へ戻る10キロ余りのコース。
 行きは背中から陽射しとともに追い風を受けて快適に走ったのだが、新荒川大橋の上は北からの強烈な向かい風。
 橋の下の方から何やら鳥たちが絶叫するような声がする、と思っていたら橋脚に激突する風の音だった。
 西の彼方に丹沢山系が望まれる。
 橋を渡ると向こう岸はゆるやかな上りで、おまけに前方(西)、あるいは側方(北)から冷たい風の吹きさらし。
 マスク兼用のネックウォーマー(複数の人たちとすれ違う場面以外はマスクとしては使わない)で顔の下半分~首を覆ったり下げたり、ジャージーのジッパーを開いたり閉じたり、風に合わせて調節、凌ぎの連続だった。
 それでも上がれば気分は悪くない。
 次回は、行きは上り、帰りは下りにするかな。

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2021/02/08

三寒四温の変異?

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 きのう今日と、寒暖差が著しい。これは三寒四温の型破り、変異か。いや、3―4のリピートの規則性はないにしても少しずつ、間違いなく、季節は進むのだろう。

 きのうは実に気持ちよく晴れ上がった。桜満開の頃の陽気であったとか。
 内科学会の講演会にオンライン参加(コーヒーを飲みながら足を投げ出して視聴できるのは極めて気楽、今後もこの形式でやってほしいものだ)ののち、午後は皇居へジョギングに出掛けた。北の丸公園の駐車場に車を停めたが、公園には多くの家族連れが日向で解放感を楽しんでいた。
 自粛篭りの生活、いつまでも続くものではない、間違いなく、とはいえ先々は分からない。貴重な開放のひとときではある。

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        長き夜も空けぬものかは梅開く

 皇居を3周したが、周りにランナーがいるとついつい引きずられてペースが上がってしまう。
「あの体型、あのフォームのランナーに置いてゆかれるのは許されぬ」と自分のことは棚に上げて、追い越しては抜き返される。なにも知らぬ同士、競う必要はなんらない、先方だって当方を意識してなんぞいないのは明らかなのだけれど、心拍数を挙げてしまう。結果、周回を重ねるごとに速度は落ちる。相変わらずの身の程知らずぶりである。
 こういう走り方をすると、走った後の達成感は乏しい。
 3周目はきつかった。新聞社の窓に反射してお濠に落ちる夕陽に、何とはなし、哀しい気分になった。

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 その気分を引きずってでもあるまいが、夜遅くまで飲んだせいで今朝は目覚めが良くない、弱くなったもんだと今更ながらの感懐、ぐずぐずと布団の中で長いこと過ごし、誰もいないリビングで、ブランチといえば響きがいいが要するに朝昼兼食ののち、午後出勤。月曜は午後出なればこそ日曜の晩酌はついつい度を越してしまうことしばしば、これも自己抑制の欠如がなせる業には違いない。

 きのうの陽気に比べると今日は風が身に染む寒さだった。
 昨日よりもスローペースで走るつもりだったから、厚着たっぷりで夕暮れの街へ出た。
 暗い裏道から走り出て行きあった教会、その入口脇に建てられていた聖者の像に思わず足を止めた。

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2021/02/04

春一番

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 きょう東京は春一番。
 娘一家がシンガポールへ移って早や3か月過ぎた。当初はこれから寂しくなるなあと思っていたが、毎日のようにフォトや動画を「みてね」にアップしてくれるので、これが毎晩の楽しみになっている。便利な世の中になったものだ。それに時々LINEで無料のテレビ電話もできる。

 去年の今頃はみんなでハワイに行っていた。
 帰国とほぼ同時にコロナ騒動。見えない敵にいちばん神経質を尖らせていたのは娘。
 シンガポール入国に際して2週間の隔離はあったものの、その後は感染者がほぼゼロの環境下(例えば公園でも遊園地でも遊具への接触を避ける必要がない、などなど)、孫たちが伸び伸び育っているのを見るのは癒されることこの上ない。

 平和そうでいいね、とメールすると、いや、ちっとも平和じゃない、最近のニュースで、日本人の長期滞在者の子どもが規則を破り、決められた人数をオーバーしてバスケットボールに興じていたのを当局が発見、家族がビザ剥奪されたんだとか。
 法を守らないと追放されてしまう国だから怖いよ(笑)、と。冗談だか本気なのか、たぶん半々なのだろう(そういえば、ぼくたちが新婚旅行でこの国を訪れたとき、ガムを路上に吐き出したら1万円の罰金、などと聞かされていたのを憶えている)。

 我が国で成立したばかりの特措法も議論が熟さぬままに発効だから、よくよく目を光らせていなければならないと思うのは、運用が権力者の都合でむやみに恣意的に行われてくるのを、我々は前内閣のときからいやというほど見せつけられてきたからだ。

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         (どこが破損していたのか不明です)

 一昨年、スウェーデンから旧友インガーが遊びに来た折、ガラスの器を持ってきた。
 何か思い出があり長年大事にしてきたものらしいが、一部が破損したままになっていた、それを日本の技術でなんとか修復して欲しい、と言って置いていった。古くからある「金接ぎ」という、漆と金で欠損部分を修理する技法のことを彼女は知っていたのだ。
 その技術を持つ職人さんが隣町にいるというのをうちの奥さんが調べ出し、依頼した。
 漆とか金とかの使用には天候も作用するのだそうで、年を越えて(インガーは年末に帰国した)、さらに夏を過ぎ、去年の暮にようやく仕上がったと連絡あり。天候のみならずコロナの影響も大いにあったそうで、むべなるかな、である。
 写真に撮ってメールし、現物を送ろうか、と尋ねると、「very beautiful!、でも今度行くときに引き取る」という。
 むろん、それがいつになるのか分からないのは彼女も重々承知の上だ。

 スウェーデンはコロナ流行初期からかなりの間、他のEU諸国とは異なる対応で注目(と批判)を浴びてきたが、途中で路線変更、自粛要請が以前より厳しくなっているという。
 この方向転換に際しても、それまでと同様、関係閣僚と専門家たちが連日会見を開き、時間制限なしに質問に応じていたというから、羨ましい話ではある。
 この国も保守・革新の政争はあるにしても、最終的には国の判断に従うという為政者への信頼があるように感じる(インガーは来るたびに政府の政策に怒っているけれど)。

 さて、娘との遣り取りのLINEだが、ぼくが発信すると即座に返信がある。それに応えようとして入力している間に次ぎのコメントが届く。で、送信内容を変更して送ろうとすると矢継ぎ早に次のが来る。この内容に返信するとその直後に(ほぼ同時に)、違った内容が送られてくる。そうすると会話(じゃないな)に齟齬が生じることになる。
 どうも娘の年代はLINEもPCのキーボードも同じように入力できるらしいと、電車の中でほぼ全員の乗客がスマホに向かい合っている姿を思い起こす。
 今度娘に、こちらへメールを送るときは最後に「どうぞ」と入力して、ぼくに返信の時間の猶予を与えてくれるよう頼んでみようと思う。
 ぼくも入力終えて送信前に「どうぞ」と入れる。

 

2021/02/03

立春

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        春立てど雲の行くへはなほ知れず

 本日も天気晴朗なれど、明るきニュースはとんとなし。
 テレビは相変はらずの軽佻浮薄なるバラエティと、わけ知り顔のコメンテーターが闊歩するワイドショーなれば即座にチャンネルを替へる。
 呆れ果つるは政を生業とするものたちの劣化ぶりなり。
 我が同胞は只々堪へ難きを黙々と耐へ忍ぶほかに取るべき方策あらざるか。
 かくて我はまた駆けるなり。駆けて汗腺より遣る瀨なき憤懣および鬱屈の感情を噴出し、明日に備へむとす。是れ一時のみ得らるる感慨なれど。

        厄病を忌みつ恨みつ春立てり

 言ふまいと思へど恨み果つるを知らず。


2021/02/02

節分

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 今月から火曜日のバイトは午前中だけにしてもらった。己が齢を勘案、もう少しゆとりが欲しかった故(コロナ禍でご苦労されている方たちにはまことに申し訳ないと思うのですが)。

 さっそく、昼で終了後、戸田橋に近い浮間公園に車を停め(コンビニで仕入れたエネルギーゼリーを流し込み)、着替えると(好天気の予報だったので用意してきた)、荒川べりを走った。正月のときと同じコースだ。
 きょうは節分、あすは立春。
 朝は小雨もよいだったが穏やかな小春日和、左膝の痛みは(触ると痛いが)走っている分にはほとんど感じない。1時間半ほど気持ち良く走れた。

          息弾む荒川べりは春隣り

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 走りながら少々考えた。
 緊急事態宣言が1か月延長される。これで感染がゼロになるとは思えない。解除したらいずれ再燃は目に見えている。再燃を先延ばしして時間稼ぎの間にどれほどの方策が取れるか、ワクチン接種の効果も変異種の出現でなんだか心もとない。
 全国各地で厄病退散の祈祷が行われているようだが(マスク姿で?)、空海の時代ほどの効能が得られておらぬは、現代の大僧正、大阿闍梨様の力量の埒外、などと言っては罰が当たるかしら。

          節分や邪鬼殲滅と野を駆ける

 走り終えて近くのコンビニでおにぎりと牛乳パックを購入、公園にもどりベンチに座って気分良く優雅にランチ、のはずだったが、公園の木陰へ足を踏み入れた途端、何十羽もの鳩がぼくの周りに舞い降りて来た。
 吃驚、ここは彼らのテリトリーだったか、と場を移すと益々集まって来てはぼくから至近距離でもって乱れ飛び回る。密だ、密、密! (ヒッチコックの映画にこんなのがあったっけ
 恐ろしくなって車へ駆け戻りドアを慌てて閉めたところで気がついた。奴ら、ぼくが持っていたおにぎりが目当てだったのだ(車窓に寄ってくる)。
 袋に入れていたのになんて目ざといというのか、嗅覚鋭いというのか、いや、ぼくの不届きな発言にどこからか密の呪法がかけられていたのかもしれぬ。あな恐ろしや。
 本日、鬼にされたのはぼくだったのか、鳩の奴ら、豆鉄砲こそ放ちはしなかったけれど。

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2021/02/01

如月

 月が替わった。如月の由来に、衣更着=衣(きぬ)を更に着る月、あるいは気更来=陽気が更に来る月、などがあるとか。
 非常事態宣言下、新規感染者数は減ってはいるが(減らなきゃ困る)、問題は解除後だろう。

  きさらぎに衣(きぬ)を重ねて道行けど春なほ隣と歎くものかは

  娘は夢だった客室乗務員の職を辞し(コロナ禍をいくら頑張ってみても元の仕事に戻るのはいつになるや知れず)、専業主婦となり、シンガポールへ行った。

  浮雲や水はぬるまず春遠し
 
 ゆく川の流れは絶へずしてもとの水にあらず。されば行雲流水、流されるままにとは言へ、いかなる流れも行く末のこと知るよしもなければ、易きものにはあらざるべし。

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