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2020年11月の記事

2020/11/30

鎌倉逍遥

 日曜とて時間を外して発てば鎌倉までの車中、他人と袖触れ合うこともない。ゆったりと座って行ける。

 小町通りを避け、横須賀線の反対側の道は人通りもまばら。
 小高い丘陵を左手に見ながら扇ガ谷を巡り、さらに雪ノ下当たりを歩いた。

 この辺りどの寺社も伽藍は大きくない。
 多くがこの地特有の鎌倉石と呼ばれる凝灰岩の崖を伽藍の一部としており(そしてそこには数多の「やぐら」と呼ばれる祠が彫られている)、そこに色とりどりの樹木が様々に絡まり合い、お寺ごと独特の、しかし、どのお寺にも共通した大気が充満している。自然の中にある自分というものが息を吸い込むたびに実感されるのだ。

 山門を入れば枯木崖に群をなし、霊気寥々として心胆寒からしむ・・・(あとが続きません)

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 塀もなく開放的な、つまりそれだけ寂れた巽神社が、小社ながら見事な結構を残して健気に立っている。

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 向かいに八坂神社という、全国的にかなり流布した名前のお社があり(こちらも俗世間との結界は不明瞭である)、堂々隆々たる古木が参道に仁王のごとく立ち、枝葉を延ばし、山門の役を演じている。

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 隣に寿福寺。
 鎌倉五山のひとつ第三位と案内にあるから建長寺、円覚寺に次ぐということか(誰がこの格付けをしたのか、という疑問は起こらなかった)。
 本堂に至る参道の石畳、両脇に並ぶ常緑の高木に混じった紅葉が美しい。

 本堂は立ち入り禁止で、脇の小径を少しのぼると崖を背に墓群があり、こちらは一般向け。
 崖には多数のやぐらがあり、その中に実朝と、少し離れて母(頼朝の妻)北条政子の墓がある。
 三代将軍とその母で権勢を振った女傑の墓所としては極めて質素としかいいようがない。

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       ほの暗きやぐらにいますみほとけに戦禍悼みし日々をこそ思へ

 
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 古びて苔むした石塔群にぼくは心惹かれるのだが、背景をなす岩肌の文様もまた素晴らしい。

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 鎌倉に特有のトンネルに出くわす。行き交うひとは相変わらずごくまばら。

 少し先、横須賀線沿いに英勝寺がある。
 受付に人はなく、ここに拝観料を置いてください、という張り紙と菓子箱の蓋のような入れ物がテーブル上に置かれ、硬化が散らばっている。500円玉を置き300円おつりを頂いた。

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 江戸時代に創建された尼寺で山門、鐘楼、唐門など、そのままの姿で今に伝わる貴重な伽藍(と説明書に書いてある)。
 本堂は扉が閉まっているが小窓を開けると本尊の阿弥陀三尊が拝観できる。運慶作と伝わる。若き日の作であろうか。

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 竹林も見事で、報国寺のそれに比し、揃い過ぎていない野性味というのか、これがぼくには好ましかった。

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 このお寺も崖が魅力的だが、その一部にトンネルがある。


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 人ひとりようやく通れるほどの狭さで向うに明かりは見えるが途中は真っ暗。あたりは静かで少々心細かったが恐る恐る入ってみた。
 飛鳥あたりの古墳の中ってこんな感じじゃないかしら、ってことはお墓の中を通ったってこと? ・・・
 
 しかし冒険心(好奇心?)が勝った。
 スマホのライトで中を照らすと小さな仏様が祀られ香を焚いたあとがある。
 ちょっと身を斜に構えながら(こういう姿勢しかとれないのです)、寸時合掌。


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 と、ここまで楽しんで来た静寂が突如として破れた。
 最近流行りの人力車に乗ってやって来たギャル風女子(というのだろうか)ふたり。車引きのイケメン兄さんの説明と声高に掛け合い。
 一瞬むっとなったが、仏様に向かって手を合わせる後ろ姿を見て、まあ、許そう、・・・勝手に思ったことだった。

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 横須賀線の踏切と、扇川(?)の小さな流れを越えてしばらく行くと浄光明寺にたどり着く。
 入口の受付の方(住職さんだろうか)が、いろいろと親切に説明してくださった。

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 本堂に祀られていた阿弥陀三尊が収蔵庫の方に移されていた。鎌倉時代末期の作で、阿弥陀仏ながら頭に宝冠を戴いている、むむ、これは?・・・と思っていると、江戸時代に後付けされたもののようですと。

 寺の創建は鎌倉から足利に政権が移る頃で、当時は諸宗兼修、派閥を超えた教学の場であったが、皇室との結びつきでなのか、現在は真言宗泉湧派。・・・しからば、・・・・・・阿弥陀仏に宝冠を載せ、真言密教の根本仏である大日如来を混淆させようとしたんじゃなかろうか、なんて邪推が湧く。修行が足りんな。

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 境内全体が山を削って造られたそうで、伽藍を三方から囲む崖には多数の祠が刻まれ、ぼくの好きな石仏もあまたに上る。
 石、崖、坂が大好きのタモリ氏がこちらで「ブラタモリ」のロケに来られたとか(ここに目をつけたディレクターさすが)。
 お堂や仏様はそっちのけで石ばかり見てましたよ、と住職さんは笑う(やっぱりね)。

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 裏手へ回り急峻な石段を登ると、頂き近くに冷泉某(鶴ケ丘八幡宮代々の宮司家と)の墓があり、相模湾が遠望される。
 実朝の見た海はこうではなかったはずだ。思い出される。

       箱根路をわがこえ来れば伊豆の海や沖の小島に波よするみゆ


        (本歌取り)岩山を上り来たれば木の間より相模の海に夕映えを見ゆ

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       石佛に笑み添へんとや寒椿

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 八幡宮は賑わっていたが、鎌倉文華館に足を向ける人は非常に少ない。建物自体が文化財になっている由、ただただ頷く。江之浦測候所が思い起こされた。
「鶴ケ丘八幡宮と文士たち」展が催されていた。

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 文士らのたがいの関係性やら直筆の書に魅入られる。あまりにしげしげと見入っていたもので、妻は耐え切れず(?)館内で別れる。

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 この文人たちの筆跡が気になって仕方なく、江ノ電で由比ガ浜の鎌倉文学館にたどり着いたのは閉館間際。限られた時間だったけれども、鎌倉ゆかりの諸家の直筆原稿に接し、感動を新たにした。

 最後は駆け足になったが鎌倉の古寺巡り、小さな旅を満喫。帰路は夕暮れが美しかった。

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 言い訳がましいが、密を避けての古寺巡礼、可能なのである。

       密を避け霜月の寺巡りけり

 

 

2020/11/27

人を見たらウイルスと思え? 

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 きょうは金曜日、当然のことながら土曜日の前日である。
 午前中は週1回パート勤務のオフィスビルのクリニック。
「ここへ来ると、ああ、週末だなって思うよ」
 またバカなこと言ってしまったな、と反省。すると受付嬢、
「はい、私たちも先生がいらっしゃると、週末だなあって思います」
 なるほど、その通りだ、お互いの見方、立場がある、うん、よく出来た子だ。

 このクリニック、一般の外来診療以外に人間ドックや近隣企業の検診業務も請け負っている。
 コロナの影響で、非常事態宣言の出された春以降、検診の受診者が激減していた(お断りしていた自粛時期もあった)。
 それが解除になってからどっと押し寄せ、多忙を極めた。
 今月中旬で峠は越えたものの、午前中、一般の患者さん以外に30人前後の受診者が検診を受けに来る。

 検診に際して、診察時はマスクの上にフェースシールドを附け、聴診後、聴診器を念入りにアルコール消毒し、フェースシールドを外し、パソコンモニターで胸部レントゲン、胃バリウム、心電図などの検査結果を説明し、終わると手指のアルコールジェル消毒をし、続いて次の受診者、フェースシールドを附けて・・・と、通常以上に手間ヒマかけて行う。
 うつされるかもしれない危険と、(これまでの検査で陰性ではあったが今はもしかしたら持っているかもしれない無症状の自分が)うつしてしまうリスクをできるだけ回避しなければならない。

 この間に一般の患者さんも来る。
 その状況次第、必要に応じて防護体制もひとりひとり変わる。
 診察途中でマスクを交換したり、フェースシールドを附けたり、・・・手指消毒が無意識に必要以上に行われたり・・・煩瑣ではあるけれど、見えない敵はどこにいるか判らない、判らないから、くり返す。
 とにかく、うつさない、うつされない、である。

 男子ひとたび家を出づれば7人の敵、なんてことわざがあるけれど、今や7人や8人ではない・・・かもしれぬ(男子なんてのを持ち出すのも今のご時世不適切ですよね、ここはまあ、ご容赦のほど)。
 どこで、どう、うつされるか判らない。むろん、これまで散々言われてきたように明らかな場合はあるけれど。
 無用の防備、過剰かもしれないが、自分としてはこれまで経験したことのないくらいの予防対策をしている(皆さん、おそらく多かれ少なかれ同じでしょう)。

 マスクの内側にウイルスを遮断するというフィルターを挿入・・・電車の手すり・つり革には絶対に手を触れない(電車の揺れを体でバランスを取る、これはいいトレーニング)・・・大声でしゃべっている複数の乗客は避ける(特にオヤジやおばちゃんたち)・・・空席には隣にスペースが取れる場合に限り座る・・・ドアやエレベーターのボタンに触れるのは限られた指・関節にする(あとで消毒ジェル)・・・トイレで用を足す前に念入りに手を洗い事後は簡単に手洗う・・・帰宅後は玄関でまず手指消毒ジェル、郵便物や新聞を取り出してから上り、・・・セーター・シャツを脱ぎ、石鹸で手と顔・鼻腔(小指を突っ込む)を洗い、拭ったタオルは即洗濯カゴへ入れ、うがいし、部屋着に着替え、ケータイをスプレー消毒する・・・職場で自分のノートパソコンを使うときは必ず使用後にアルコール消毒・・・セーターは勤務用3枚を日替わり着用(衣類に付着したコロナは48時間ほどで死滅、だったと思う。この手のエビデンスたびたび更新されるからな)・・・さすがに自宅内のドアノブだの水道・風呂の蛇口だの便器だのの消毒はしない・・・まだ何か抜けてるものがあるかもしれない・・・・・・

 こうやって書き出すと・・・ぼくはそんなに神経質な人間ではなかったと思うんだけど(違うかしら)・・・・・まあ、疲れますな・・・・・・これだけやって感染してしまったら、これは不可抗力・・・なんて言ってて、先日の「密の会」、ありゃ何なんじゃ、と糾弾されれば弁明に苦しむ・・・・・・参加者一同、ぼく同様におそらくは相当の対策を講じているはず、なんせ、開業医は自分が感染してしまったらクリニックは少なくとも2週間閉鎖だし、病院幹部だって責任問題は必至、であるからして(なんだか言い訳がましいな)、相当の意思・覚悟を持って会に臨んだはず・・・さすがに大学病院の教授連はここのところリモート参加だけれど・・・・・・(よい子の皆さん、くれぐれも真似しないでくださいね)・・・・・・・・・
 
 個人でできることには限界があるって、対策分科会のキャプテンが言ってらっしゃいました。
 その通りではあるかもしれませんが、やるより仕方ない、ですかね。


2020/11/26

ジョギング中に心肺蘇生?

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 きのうは小雨模様の寒い1日だったが、雨上がりの夕方ジョギングに出掛けた。出るまでなかなかその気にならず、グズグズと着替え、室内でダラダラとウオーミングアップし、漸くスタート。
 30分ほど走ると街角に人々が集まっている。その数6、7人。
 近づいてみると学生服姿の少年が路上に倒れ込んで動かない。
 そばで仲間と思しき一人がケータイで通話中。救急車を要請しているのだろうか。
 周りの人たちは取り囲んで心配そうに様子を窺っている。みな、通りがかりの人たちらしい。
 このご時世、うっかり近寄るのもためらわれよう、これってもしかしてCPA(心肺蘇生)対応?、などと思いながら近づいて倒れている少年に声をかけた。
「もしもし、わかる?」
「はい」
小声で答える。足が動く。
あっ、動いた、と周りの人々。
「頭痛くない?」
 頷く。
「吐き気しない?」
「しません」
「痛いところは?」
 首を振る。
「仰向けになれる?」
 頷くと体を起こす。手を添えるとさらに立ち上がる。
「フラフラしない?」
 大丈夫ですと答えるので、道路わきの花壇の縁に座らせる。
 ケータイを手にしている少年に、救急隊呼んでるの?と聞くと、いいえ、先生に電話してるところなんですと言う。
「ぼく一応医者なんだけど替わろうか?」
「あっ、今先生来ます」
 話を聞けば、近くの中学校の生徒同士、ケンカをして何かの拍子に倒れてこうなったんだと。
 他にもうふたり、仲間が立っている。
 周りの人たちに、大丈夫そうですね、と言うと皆さん、安堵のご様子、それでは私はと、散会。
「じゃあ、ここでこのまま休んでなさい」
 ぼくはまた走り出した。
 ちょっと行ったところ、少年たちが通う学校の校門から教師と思われる女性が足早に歩き出てくる。
「〇〇中学の先生ですか?」
「はい、そうですけど」
と怪訝そうな表情。
 ちょうど出会った。で、かくかくしかじかで、大丈夫だと思いますがしばらく様子を見たほうが、と伝えるとありがとうございますと言って現場へ。

 考えてみりゃあ、まあよくある生徒同士のケンカか、・・・・・・別に血にまみれる様子ではなかったし、・・・・・・そうかといって周りにあれだけ人が集まっても起きあがれなかったのは・・・・・・いや、起きあがらなかったのかも・・・・・・イジメじゃなさそうだな・・・など考えながら公園を1周すると帰路に着いた。
 20分くらい経ったろうか、先ほどの生徒かどうか、それらしきグループがトボトボと歩いている。・・・・・・かれらあの先生に絞り上げられたのだろうか・・・今更ことばをかけることもなかろうと、そのまま追い越した。

 走りながら考えた。
 もし、あれが心肺停止状態だったらどうだったろう?・・・・・・人工呼吸、心肺蘇生をやったろうか?・・・・・・そりゃあ、やるだろう・・・・・・でもあとでPCR陽性なんてことが判明したら・・・・・・大変だ・・・・・・濃厚接触者だからPCR検査・・・・・・・・・ひょっとしたら2週間自宅待機?(あるいは療養ホテル?)・・・・・・仕事はすべてキャンセル・・・・・・4つの施設で診てる患者さんは・・・・・・えーと・・・・・数百?・・・・・・相当の負担が回りに及ぶ・・・・・・パートだからこの間収入はゼロ・・・・・・

 これまで町中で遭遇し関わることになった事例のいくつか。
・交通事故で出血、自分の手を血液で汚した事例・・・のちに感染症はマイナスだったとの報告。
マラソン大会中、すぐ前のランナーが倒れてAEDを使いながらの心肺蘇生・・・残念ながら救急搬送先の病院で亡くなられた。
・デパートの食堂で家族と会食中にフロアで倒れた人の心肺蘇生・・・回復せぬまま救急搬送された。
 いずれも救助活動中に感染をかぶることはなかったが、これまで問題となっていたのは主に肝炎ウイルスとかHIVだとか、血液・体液を介してのものだった。
 新型コロナウイルスの場合は、接触、飛沫、エアロゾル何でもありだ。蘇生中に感染に曝される危険性は比べようもなく高い。

 これからは・・・・・・手袋、これはこの季節必須だから問題ない・・・・・・マスク、医療用のものじゃダメだ、気密性が最高のN95マスクを携行して走るのか?・・・・・・・・・これを着けてマラソン大会に出て呼吸困難で死亡した例が報告されたっけ、中国の話だ、確か・・・そもそも心肺蘇生に手を出すか?・・・そのときになってみないと判らんな・・・・・・

 考える程にストレス解消のためのジョギングがかえって逆効果。
 そうかといって予防策は絶対に緩めるわけにはゆかぬ(お上から「気の緩み」なんて言われるのは悲憤慷慨の至り)。

 小説「ペスト」で終息を迎えた時期に「選ばれたように」たまたま感染死した司祭が思い出される。
 感染という不条理な「選択(不運な当たりくじ)」に(ぼくを含めて)だれが遭遇するのか(感染しない人の方が圧倒的に多い)、「神のみぞ知る」にしてもだ(これってごく最近政府の誰かが口を滑らせてたな)。

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 娘がシンガポールでの暮らしぶりをメールで送ってくれる。
 むこうは感染者ゼロだからまことに良いタイミングでの出国だった。
 11月22日はかれらの5度目の結婚記念日。安全地帯で祝したようである。

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 出発して3週間余り。リビングに常時散乱していたおもちゃは寂しげである。
 昨日の雨で、孫たちが遊んだ庭の隅の秘密基地はビニールシートで覆われている。

       子ら去りてビニルシートに冬の雨

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2020/11/25

鰯の頭でコロナに勝つという話

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 娘たちがお世話になっている旦那さんの奥様、要するに近くにお住まいの奥さんから、札幌のお土産を頂いた。
 先の連休中に新型コロナ感染者数500人超の東京から同300人超となった北海道の札幌へ行ってこられたのである。

 奥さんのご実家が札幌で、昨年お父上がお亡くなりになり、その1周忌法要。
 この1年間お母様は一人住まいで、しかもこのコロナ禍、縁者一同は無理だから弟さんとふたりで何とか出かけて会おう、慰めてあげたい、と準備していた矢先、直前になって非常事態宣言が出そうな気配。
 これは出かけていいのでしょうかと相談を受けた。

 確かに自粛を控えてくださいってくり返し言われていたし、特に地方では周囲からの「同調圧力」が強いと聞く。躊躇されるのは当然かもしれない。
 でもぼくは札幌行きを勧めた。
「あなたのような感染予防に対してしっかりした意識を持っている方は、大丈夫、問題ないと思います。行ってらっしゃい」
「ついこの前は息子が熱を出して、もしかしたらコロナ、行けるかどうかって不安いっぱい、それが片付いたと思っていたらこんな事態になってしまって、もう頭がおかしくなりそう・・・」
「それならお守りを持っていってください」
 秘薬をお母様とお兄様、3人分差し上げた。

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「昔からある薬でね、注射薬ではコロナウイルスが細胞に侵入するのを阻止するという治療効果が確認されてます。飲み薬としての効果はまだ明らかにされていませんが、ぼくらの仲間うちで何人か飲んでます。安くて安全ですし、お守りって感じで」
 まあ、鰯の頭もなんとやらってこと。
「色々考えると胸が痛くなってしまって・・・」
「そういう人によく効くんです」
 てな遣り取りのあと出発。
 自宅までタクシーを呼び、羽田へ行き、札幌の空港からはレンタカーでお母様のマンションへ行かれ、3人で法要を済ませ無事に帰京された由、そのお礼としてたくさんのお土産を頂くことに至った次第。
 安い薬で、まことに海老で鯛を釣る以上の対価、当方がかえって恐縮の至り。

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 この薬、ある免疫学の大家がこの時期愛用していると聞く。

 でもってこの秘薬を(一部)愛するいつもの仲間が集まっていつもの宴
 みな医療関係者で、自ら予防策は怠りなく実施している(と自認する)ものだけが集まる。
 この店のご主人がぼくらより年嵩二つ三つ上。故にぼくらの方から無症状でこの人に感染させるわけにはゆかないのだが、対策は徹底している。
 もともと客はみな身元の確かな常連だけで、カウンターのみの6席ほど。完全予約制で同業他社(他病院含む)の客が同席することはない。だから3人で貸し切りのこともある(そうかといって料金が高いわけではない)。
 このカウンターに透明のアクリルシートを2面張り、これがレール上を移動する。料理の出し入れはこの隙間から行う。ご本人はマスクは附けない。換気は万全。

 ゆうべは6人が集まり、3人が秘薬常用者、3人が非服用者。
 この秘薬に関する研究報告、3月以降ないようだが、今後この仲間から感染者が出るか出ないか、n=6の非常に少数例の臨床研究ではあるが、行方を注視している(のはぼくだけかも)。

 次回は来年2月に決定。この頃は収まっているといいなあ、と言い合いながら分かれたが、この研究に結論が出ていないことを願う。

           三密に鰯掲げつ燗の酒

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 ところで、娘たちの出国に備えて大量の薬を用意した中に、この秘薬を含めた。
 これ何の薬なの、と質問するので、これはね、いつもあの店に集まるお父さんの仲間が予防のために飲んでいるんだと話すと、怪訝というよりは鼻先で笑うような表情を浮かべた。
 その後ネットで調べると即座に理解したようで、出発までの1週間(そして到着後隔離中の1週間)婿さんと服用していた(はずである)。

2020/11/23

蕎麦喰へば

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 帰宅途中、街道沿いに蕎麦屋を見つけた。
 外から見るとかなり感染対策がしっかり取られているのが判る。これなら大丈夫そうだ、と入った。

 割に大きなお店で(30人くらいは入るのかもしれないが目一杯には客を入れていない)、入口に除菌スプレーが置いてあるのは当世どこも同じ、二人掛け、四人掛けそれぞれのテーブル毎にアクリルの仕切りが設置してある、これもよく見かける光景だけれど、客が食べ終えて退出すると店員さんたちが(時にひとりで、時にふたりで)忽ち丼、皿、小皿、箸などを手早く片付け(見事な早業)、それからテーブル、椅子、メニュー(ビニールでどのページも被われている)の各ページ1枚ずつ、それに醤油や七味、塩などの小物容器に至るまでひとつひとつ、消毒剤を噴きつけたタオルで叮嚀に素早く拭き取ってゆく(たいへんな手間だ)。
 実に小気味いいスピード感溢れる作業、なかなかに感動的(新幹線が終点に着くと次の出発までのごく短い時間で清掃作業をこなしてしまうのが海外でも賞賛されているが、これに引けをとらぬものと思う)。

 広い駐車場に停められた車のナンバーやら、お客さんたちの様子から、およそ半分は県外、半分は地元(県内)の人たちと推察した。
 で、ほとんどのお客さんがメインの蕎麦が出てくるまでマスクを着けたまま、それまではお茶を飲むときにようやくマスクを外し飲み、またマスクを着ける。全員ではないが、大部分の人はこのような仕草である。

 で、考える。
 この所作、意識的なものなのだろうか?、それとも習慣化して無意識に身についたものなのだろうか? 何せ栃木県は関東では感染者数が最小なのだ。
 てことは、県内の人は他所から来た人たちを恐れているのだろうか? あるいは(他県から来た人は)この地域には絶対にコロナを落としてはいけないと気を引き締めているのだろうか?

 こういう行動が行われ続ける限り、日本の感染はこれ以上そう易々と拡大しないんじゃないか、いや、収束はそう遠くはないんじゃないか・・・そんな気がしないでもない。
 誰だか大臣が「日本人は民度が高い」なんてうっかり(?)口を滑らせて、そりゃあ世界に対して失礼じゃないかって即効批判を浴びたけれど、あながちそう的外れでもいない(偉いさんが言っちゃまずいけれど)、案外多くの人が思っているのかもしれない。

 でも、そうは言っても、この「我慢の三連休」にGo To, Go Toと繰り出した(ぼくを含めて)結果はこれまで通り2週間ほど後に明らかになるわけだ。

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          蕎麦喰へば窓のかなたに枯木立
             (なんだか「柿食へば」のパクリのようにも響きますな)

 肝心の蕎麦、地元野菜の天ぷらと新そば、結構なお味でした。

2020/11/22

ウイルスのいないポツンと一軒家

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 Go To or not Go Toなんて世間の騒ぎをよそに、僕たちは感染者数が関東では最大の東京から最小の栃木へ県を跨いで Go Go Go とやってきた。
 山の中のポツンと一軒家、飲食物を買い込み車で乗りつける、完璧なソーシャルディスタンスだと思うのだけど(でしょう?)。

 夜はいつものクッチーナHasegawaさんで地産の野菜ふんだんのイタリアンを堪能。
 こちらもポツンと一軒家のレストラン。他に時々顔を合わせる県外から来ておられるご夫婦と離れた席からお互い笑顔で黙礼。

 車で来て飲むから代行さんに迎えに来てもらう。
 こちらも顔馴染み、分かっているとはいえ、やっぱりご時世だから、消毒スプレーを車内、ハンドルに噴き放ち、窓は半開きにする。
 その運転手さん、しばらくは黙していたのがぽつりと、
「いやあ、大変なことになったもんだなぁ」と。
「そうだよねぇ、早くこんなマスクなしの生活に戻りたいよね」
「ホントそうよ。コロナのせいでお客さんは来ないし、宴会も何もなくなっちまってさ、商売全くあがったりでなあ・・・」
 この地域でも経済は低迷著しいよう。
「娘は東京へ働きに行ってんだけどさ、コロナ持ち込んだらこっちじゃ大騒ぎになるから帰ってこれねえわけよ」
 そう、自粛警察怖いよな。
「でもって、こうやって東京から来たお客さん乗せて走ってんだから、わけわからねえよ」
「・・・なるほどねぇ・・・」
 こちらもぽつり。
 迷惑かけちゃ申し訳ないと思っていたのが、家に着いてから、
「また、よろしくお願いしますよ」
 ・・・なんともことばに窮す。

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 朝、走った。高低差200メートルの山道、行きは下り、帰りは上り。
 で、走りながら考えた。

 何か違う、どこかでボタンを掛け違えた、いや、そんなちゃっちい次元じゃおさまらない話じゃないのか、・・・GoToキャンペーンを中止するとか、中断するとか、こんな混乱の中、総理大臣は何の会見もせず、民に寄り添おうとする姿勢は微塵も見えない。ニュージーランドもドイツも国のトップが国民に向かって心に響くメッセージを送ったし、スウェーデンでは連日、首相も関係専門家も時間制限なしの会見を続けていると聞く。

 そもそもこの政策(?)を推し進めてきたのが現職総理が官房長官だった頃だし、全国旅行業組合だかなんだかそんな組織の顧問だか役員(であるはずはないな)が与党の幹事長だとか、そんな話があったと承知しております(この言い方いやだね、いつから流行りはじめたんだ?)。
「総理、もうこのキャンペーンやめましょうよ」
・・・みな(霞が関あたりでは)心中思っているらしいが、それを言い出せない、猫のくびに鈴をつけるのをだれも躊躇している、いや、怖がってる。
 例の「学術会議問題」。
 自ら整合性のとれた説明をせずに(できずに?)、ただただ、「これは法に則って」とか(どう見ても違法だろ?)、「俯瞰的に」とか、有耶無耶な発言で無理押し、ごり押し、遮二無二通そうとする姿勢。来年の選挙のころには「愚民」は忘れているだろう、って魂胆が見え見え(に思えるのはぼくだけ?)、しかも現職就任前から「意見の違う人は異動してもらいます」なんて信じられないことを公言してきてる人物だ。
 総理大臣が変わっても、「忖度」の風潮は一向に改まる気配はないということか。・・・なんとかならないのか?・・・

 無心で走ることなんぞできない。雑念が次々と脳裏をよぎる。

・・・コロナの流行地からやって来て、能天気にジョギングなんかしていていいんだろうか?・・・いや、いいじゃないか、許してくれよ、この年で週6、呼吸器の外来で働いてるんだ(自ら望んでではあるとはいえ、週6の半分は半日とはいえ、コロナの積極的受け入れ施設ではないけれど)、少しは内部に溜まったストレスの滓を換気して吐き出してしまいたいよ・・・でも、もし感染してしまったら、・・・70歳以上の感染者の死亡率は6%くらい(以前は7%とかもっとだったか、とにかく、変化している。結構統計の報道の仕方にかなり怪しい問題はあるにしても)、・・・何より病院がクラスターになってしまったら・・・幸い今のところ、ぼくがパートで働く4つの施設では出ていないとはいえ、これは僥倖に過ぎないのだろう、たぶん・・・でも感染者数の増加とキャンペーンの関係ないわけないよな・・・

・・・それにしてもこの山道、往復するのにずいぶん時間がかかるようになってしまったな・・・前はこんなじゃなかった・・・そりゃあ加齢のせいに決まってる、こりゃあどうにも受け入れなきゃならんだろ?・・・でも、もう少し頑張れるんじゃないの?・・・いや、あまり心拍数が上がるとまた不整脈が出るぞ・・・そういえば、以前、朝走ったあと、シャワーを浴びながら1発か2発、(たぶん)期外収縮が出た、久しぶりなんで嫌な気持ちになったっけ・・・

 なんとか上り切れた。無念無想にはほど遠い心境で、10キロ、1時間30分。
 かつての「栄光」今、いずこ・・・何を今さらセンチメンタル・ジャーニー・・・。

 シンガポールにいる娘からの要望、アウトレットで孫のために靴などを買い求め(あちらは物価がかなり高い、らしい。娘にたかられているのかしら)、山の辺をたらたらとドライブし、・・・夜は鍋をつつきながら、テレビで「ポツンと一軒家」。
 窓を開け、見上げる夜空は信じられないくらい澄んで、泣きたくなるくらいに月がむやみに明るい。

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        なほ散らず 冬将軍の不意打つか

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        寒林を抱いて無限の空と雲

 

 

 

 

 

 

2020/11/21

夢かうつつか・・・この世と冥府

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 きょうも城北公園をジョギングした。もう色づいた銀杏並木、気持ちよくコースを駆けた。

 そのうちに陽は落ち、あたりはだんだん暗くなり、明かりを頼りに走っていたところ、突然、ゴォ~ン、ゴォ~ンと鐘の音が響きわたった。
 そういえばまわりの銀杏の姿も、なんだか朧に虚空に向かって広がっている様子がいかにも奇怪だ。

 これはホントに銀杏なのかしら?
 おかしい、このあたりでお寺の鐘の音なんか聞いたことはない、これは何かの間違いじゃないのか?
 幻覚であるはずなんぞ、ないし・・・

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 すると林の奥から何やらとんでもなく恐ろし気な獣たちが次々に飛び出してくる、迫って来る。
 なんだこいつら。
 豹のような、虎のような、狂犬のような、いや、獣ではない、形も顔も判然としない、とにかく化け物だ。
 そいつが追いかけてくる。

 ぼくは駆けた、逃げた、でも、どんどん近づいて来る。

 さらにさらに僕は走る。

 ドキドキドキドキ、心拍数がたちまち上がってくる。
 公園の出入り口が見えてきた、あそこを出れば、扉を閉めてしまえば、・・・しかしそこに片足を踏み込んだと思ったのと同時に、奴らのうちの先頭の一頭がぼくのお尻に食らいついて・・・痛い!と感じたのは一瞬のこと、ぼくはそいつに引っ張られてたちまち逆方向、林の奥の方へ連れてゆかれる。
 奥へ奥へ、真っ暗闇、無限の暗黒の向こうへ・・・ものすごいスピードで引っ張られてゆく。
 まわりの景色は真っ暗でもちろん見えない、いったいどこへ?・・・

 するといきなり目の前に、恐ろし気な、憤怒の限りといった顔つきの男が、立ちふさがる。
 そいつが閻魔であることは、もうずっと前から、ぼくが生まれる前から、いや、ぼくのお父さんやお母さんが生まれる前から、未生前から、分かっていたという気がする。

 ぼくはそれが当たり前のように奴、閻魔の前に跪いて、審判を待つ。・・・天国? 地獄?

 閻魔はすっくと立ち上がり、ぼくの頭に鉄槌を振り下ろす。
 やめろ!、やめてくれ~!・・・

  ・・・ドキドキ、ドッキーン、ドキッ、ドキドキ・・・

 不快な動悸の感覚に顔を背けると、目覚まし時計が「6:30」を示している。

 夢を見ていたんだろうか、・・・いや、今、夢を見ているんじゃないのか?

 窓から白み始めた「外界」のうっすらとした光が差し込んでいる。
 ぼくは窓の「内側」にいる。
 この窓を挟んで、あるいは公園の入り口の扉を挟んで、うつつ世と冥界が表裏一体をなしているんだろうか?
 眠り、夢見し、覚醒し、そのたびにこの世とあの世を行き来しているんだろうか?

 ぼくはぼんやりと首の動脈に手を当てて脈が規則正しく打っているのを自覚する。

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     暗がりに誰(た)が打つ鐘ぞおどろしく林に冥府の戸口あるやに



         


       

     

       


     

2020/11/20

TOKYO2020開催 本気? 茶番?

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 夕方走りながら考えたんだけどよ、奴ら本気でオリンピックやるんかね?

 コロナは欧米で猖獗を極めてるじゃねえか。一向に収束に向かっちゃいねえ。
 日本だって数は増えてるわな。きのう今日と、東京も大阪も北海道も過去最高って、相変わらずメディアじゃ数ばかり強調して報じてる、中味をろくに解析して見せねえでな。まあ、こいつはひとまず措くとしよう。

 IOC会長のことよ。
 わざわざチャーター機で乗り付けて、総理大臣だの都知事だのと何話すのかと思ってたら、選手にワクチン受けさせて観客入れて開催だっていうじゃねえか。
 選手をなんだと思ってんのかね。
 去年の夏ドーハでやった世界陸上のマラソンで、猛暑のために選手が何人も次々とぶっ倒れて大ごととなったんで、慌てて2020大会のマラソン会場を札幌に移しやがって。
 東京の夏がやたら暑いのは分かってたじゃねえか。アスリートファーストなんてほざくんだったら、そもそも真夏に開催なんて発想出てこねえだろ?

 みんな、判ってるぞ。とっくの昔に商業主義に陥ったオリンピックに今更クーベルタン男爵の志なんて微塵も残っちゃいねえってことよ。
 人類の平和の祭典なんて聞えの良いことばかり並べやがって、こいつは欺瞞も甚だしいってもんだ。
 「恥を知りなさい」ってどこかの議員がわけのわからんことを国会でのたまわってたけどよ、こいつをIOCの奴らにそのまま転送したいぜ、まったく。

 そりゃあ、一生に一度のオリンピックだとか、一生懸命このために頑張って来た選手たちの思いだとか、それにインバウンド効果とか、色々あるだろうけどよ、今の世界中の悲劇を見たら(こいつは戦禍だぜ)、今回は中止だ。で、2020年にオリンピックはなぜ中止になったのか、こいつを後世の人たちが検証したら、ああ、ウイルスとのこういう悲惨な戦いがあったんだな、って学ぶんじゃねえか?

 しかし、なんで奴はそんなに開催にこだわるんかね。
 来年春にIOC会長選があるってえじゃねえか。
 今、オリンピックを中止したら奴は減点になると思ってんのかね。
 むしろ、こんな人類の危機的状況の中、残念ながら断腸の思いをもって中止を決断しましたってことになったら、英断それこそ後世までの名誉になるっておらあ、思うんだけどなあ。

 政治家にしたって、こういう貴族たちにしたって、なんか、おれたちとは根本的に違うって気がするぜ。

 ところで、奴が来る前に報道があったけどよ、海外からやって来るお客さんたちは2週間の隔離を免除する(ことを検討する)ってだれかが言ってたよな。俺はこれ聞いて飛び上がったぜ。
 あんなに流行してる国からノーガードで入国させんのか? マジかよ?ってな。
 そもそもこんなひどい状況が続く中で、来年どれだけの人たちが来るってえのか、おいらにゃ見当もつかんぜ。

 こういった話が飛び出すと世間じゃ当然、馬鹿言ってんじゃないわよ、ありえないでしょ!って開催に反対の声は当然上がるわな。

 こいつが俺にゃ、引っ掛かるんだよなあ。
 なんだか、わざわざ、こういう世論の盛り上がりを誘導してんじゃねえのかなって思っちゃうわけよ。

 つまりだな、気になる話があってな。
 この前(1か月くらい前だ)小耳に挟んだんだけどよ、IOCじゃすでに中止を決めてて、政府にも広告代理店のD通にももう知らせてあるってんだな。
 でもって、いきなり中止じゃ、こりゃあ日本中大騒ぎ、あっちにもこっちにも顔が立たねえ。じゃあってんで小出しにして(何が小出しか判らんかったけどさ)、ずるずる中止に持ち込もうって魂胆だとか・・・

 総理大臣だって、前職が五輪招致の場で「日本は安全です、原発のリスクはアンダーコントロールです」なんて嘘をいけしゃあしゃあと言っっちまって、コロナで辞任する間際になっても「人類がコロナに打ち勝った証しとして絶対に開催します」なんて公言(放言だな、こいつは)、同じ事を「継承」してる手前、いま中止ってことになったらさぞかし居心地が悪いだろうし、都知事にしたって延期直前まで(コロナはすでに流行期に入っていた時期にだぞ)、五輪は開催しますなんて勢い込んでたのが、延期が決まった途端、掌返したようにSTAY HOMEだのなんだの、メディアで連日奇妙なイングリッシュを連発して(色とりどりのフリップをかざしながら)なんだか悦に入ってる、・・・ように俺にゃあ思えるぜ(そうだ、このタイミングで都知事選があったんだな)。

 で、だな、この状況が続いて、開催国のこっちから「危ないから止めましょう」って宣言を引き出せれば、IOC会長だって、「チャーター機で出かけて、グータッチして開催の意思表示したのに、まあ、『あちら』さんがそう仰るし、この状況じゃ仕方ないですかね」って言い訳が立つってもんだ(そうかね?)。
 みんな茶番かね?

 都知事も総理大臣も、D通の社員もそいつを演じてるってなったらこりゃあ(大した演技力だけど)、佐藤優さんじゃねえけど、国家の陰謀だろうし、いや、そうじゃなくて奴らが本気で開催するって思ってるんだったら、こりゃあ、とんでもねえ話ってもんだぜ。

 まあ、こりゃあみんな、おいらの推測、もしかしたら妄想、幻想に過ぎねえかもしれねえ。誤謬であることを祈りたいぜ、ホントに。

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2020/11/19

この歳になって見えるようになってきたもの ・・・ CT画像から考える

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 三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、・・・ぼくにはみな当てはまらない。年齢に対して全く追い付いていない。
 それぞれの年代について、あの頃ぼくは・・・と書いた。
 六十にして耳順う(なかなか素直にひとの言うことが聞けない)、七十にして心の欲する所に従って矩を超えず(違うな、しばしば道理に叶わぬことをやってしまう)・・・まあ、孔子さまについて行けないのは当たり前じゃないか、なんて開き直ると、「それを言っちゃあ、おしめえよ」って聲が天から聞えてきそうだ。

「この年になってわかることが多い」と書いたのは患者さんに向き合う現場での話。

 わが幼少のみぎり、母親に何か質問したとき、それは大きくなれば判るわよってよく言われたのを覚えている。
 特に性的なことなど(これは母親=女 VS 子供=男という立場の違いってものが作用していたかどうか。父はぼくが小学校に入った年に夭折)。口論になり悪たれをついたら「あんたもこの歳になってみれば分かるわ」なんてことも言われたものだ。

 さて、この歳になって見えるようになってきたものを考えてみる。古人の人生観の向うを張るようなものでは全くない。

 健診センターを追い出されてから次に雇われた施設(人間ドックなど検診が業務の主体)でクビになるまでの3年間、ずいぶん多くの胸部CT画像を読影した。
 日々何時間か(むろん、その間、休みは適宜取る)、薄暗がりの読影室にひとり籠りパソコンモニター上の画像と睨めっこする。
 結構膨大な数で、CT画像はからだを横断面で切ってゆくので、ひとりあたり60枚程度のファイル数になる。
 これが1日に50~60件(加えて、フツウのレントゲン写真が数百件から多い時で1000件)。


 マウスをスクロールすると輪切りにされた胸部断面の画像が次々にめくり絵のように現れ、頭の中で立体像に再構成されてゆく。
 ファイル1枚ごとに異常の有無など考えながら判断を下す、というよりは、あらかたがごく反射的、機械的な作業(専門医にとってフツウのやり方なのです)。

 同じものばかりをずっとくり返し見続けるのが習慣になると、無意識の連想、時々思いもよらぬものが日常の中で見えるようになったりする、そんな経験て多くの人たちが経験していると思う。

 そもそも肺の構造(気道)は、喉元過ぎた気管が左右の肺に分かれ、末梢に向かって20数回分岐をくり返し、最奥部の数億の肺胞に達する。呼吸するとその1回ごとに吸気が口元から肺胞まで吸い込まれ、肺胞が膨らみ、呼気でもってそれらがしぼむ。
 雑念としてではなく(いや、雑念かな)、呼吸のたびに数億の肺胞のひとつひとつが満開の花開いては、花弁を閉じる・・・というイメージがいつのまにか意図せず出来あがり、呼吸におけるこの構造、システムの完璧さを、実に見事で美しいものだと実感するようになり、じゃあ、これはいったい「誰が」創造したのだろうか、なんてことに思いを致すことしばしばとなって今に至っている。

 でもって、読影中に見られる様々な(検診なので「異常なし」か「所見はあっても差し支えなし」が圧倒的に多いが)所見が、これまで大脳に蓄積された様々な病的状況と無意識に対比され、・・・この状況、もう少し詳しく、煩を厭わず多少勿体をつけて説明すると、

 ―――読影画面に登場する画像情報(所見)は逐次切り取られ、瞬時に網膜から大脳の視覚野・海馬を経て前頭前野へ転送され、そこに蓄積された既存の情報と対比され、発見されたなんらかの所見は基準範囲に納まりきるものか否か即刻判断が下され、その判断は脳から遠心性の神経回路で右手指の随意筋に伝えられ、マウスがクリックされ、そうして判定が確定する―――

 と、まあ、こんな感じでありまして(衒学趣味と思われましたらご容赦のほど)、いろいろな所見(すべて「影」たち。読影というくらいだから)は時に画面から脱け出して、読影室の薄暗がりの空間を跋扈し影絵と変容を遂げ、さまざまな仕草で無言劇を演ずる・・・・・。

 これは白昼夢というのか、あるいはこの歳になって見えるようになった「幻覚」なのか、だとしたらこれはちょっと(いや、相当)ヤバイぞ。

 今はかほど集中的に読影することはなくなったけれども、以前からの続きの事業が遠隔読影という形のまま続いている。

 コロナ禍の日々、様々な画像から様々な病態、命のありようを推測している。

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                    (最近のケースです)

2020/11/17

胡蝶の夢

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 ほとんど毎晩のように夢を見る。良い夢も悪い夢もある。見るべくして見る夢もあるようだ。
 夢について以前書いたことがある。


 古代中国の思想家が語った夢。
 ・・・・・・夢の中で自分は蝶になった。それがたまらなく嬉しく、宙を舞い、自分が人間であることを忘れていた。ふと目覚めて気がつけば人間たる己の姿。人間である自分が蝶になった夢を見ていたのか、それとも蝶の姿こそ本来の自分であり、今は夢の中で人間の姿となっているのではないのか。夢がうつつか、うつつが夢か、どちらが本当の自分なのか判らないけれど、いずれにせよ主体である自分に変わりはない。すべて万物の変容とはかくのごときもの・・・・・・

 
 眠りにつく前、毎晩のように考える。明日もまた目覚めるのだろうか・・・
 で、翌朝、ぼくは寝た、確かに眠ったと思う。
 そう思えるのは、眠ったと確信できるのは、目覚めてのち振り返ってそれを思い出すことが出来るから・・・当たり前の話だ。

 人間は病、事故、老衰、あるいは不明の原因で眠りに落ちる。眠りに落ちたまま(意識がどこまで失われ続けるのかは定かでないにせよ)、いずれどこかで生命活動は停止する。その時、ああ、じぶんは死んでしまったのかなんて思うことはできない(たぶん)。

 眠りの海にはステージがあって入眠とともに浅瀬から深い底へ、底から浅瀬へ、沈潜と浮上(レム睡眠と非レム睡眠)をくり返す。
 その眠りの中で時々夢見をするわけだが、生命活動が停止すれば、それまでの夢見の記憶はただ無に帰すのみ。
 でも、眠り、夢見し、覚醒すれば、生は繋がった、持続したと確かめられる。
 そして夢見の記憶を呼び起こし保存することもできる(うまく思い出せないこともむろん多々あるけれど)。

 眠っている間は夢見を意識することはできない。眠り続けている限り、保存された夢を解凍し認識することはできないんじゃないのか?・・・否、「明晰夢」ってのがある。眠りの中で、「ああ、俺は今夢を見ているぞ」って自覚する夢見。

 明晰夢を見続けることが可能だとしたら、そして覚醒することなく命尽きるまで睡眠状態が維持されたとしたら、最期の瞬間、夢見はどのように終息するのだろう?
 夢から醒めるのか、夢が消滅するのか、夢の中で命の終焉を観想するのだろうか。

 死は眠りに過ぎぬ、眠れば夢も見よう、と言ったのはハムレット。
 永遠の眠りについて、それからどんな夢に悩まされるか・・・・・・彼は来世を否定しないのだろうか?
 未だ生を知らず。焉んぞ死を知らむ・・・・・・孔子さまも素っ気ない。

 でも、つくづく思う、この世は夢か、夢がうつつか・・・思うだけで、そこから進めないところが荘子との絶対的な、絶望的な違い(当たり前だ)。

       

     

2020/11/16

解放の日

 シンガポールへ行った娘一家、2週間の隔離期間が解け、昨日解放された由。
 
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        ホテルからチョコといっしょに発行された滞在証明書。なかなか粋だ。

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 入国とともにシンガポール政府が用意したホテルへ移送され、コネクティング・ルームとは言え(それにベランダからは有名なビルやホテルが見える絶好のロケーションとは言え)、ここから1歩も出られない引きこもり生活、当然ながら一家誰にとっても初めての経験。

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 会社のアパートへ移り、広々とした空間に解き放たれて何やら戸惑っているのか。動画でも、2週間の幽閉(?)蟄居生活からいきなり連れ出された見知らぬ街並みにちょっと腰が引けているように見える。ホテルの部屋ではベッドの上を跳び跳ねたり、部屋中を駆け回っていたのに。
     (「みてね」ってたいへん便利でありがたいアプリがあるんですね。両家の家族だれでもが日々アップされる画像を見ることができます)

 いや、無理もない、大人だって少々おかしくなったって不思議ではないのかもしれない。

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  早速ご近所のパパさんにスーパーへ連れて行ってもらったらしい。

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  コロナ禍だけれど、この一家にとっては幸いをもたらしたところ少なからずのよう。

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 テレワークで子どもといっしょの時間が増え、おまけに向うで隔離中の2週間は24時間ずっと親子2対2、マンツーマンのマーク。
 我が家に来てはしょっちゅう兄弟で突っつき合いをしてみんなに(ママをはじめ、じいちゃん、ばあちゃん、おじちゃん)たしなめられていたけれど、そのようなことにはなっていない様子。

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 でも、これからだぞ。
 お父さんは再びテレワーク再開(今頃はもう始まってるだろうな)、ママは幼稚園の手配だの日常生活用品のセットなど色々・・・怖いぞ。いい子にしてないと「鬼の電話」すぐかけられるかもよ。
 

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 現地では現在コロナはゼロ。どこの施設、店に行っても入口でケータイアプリをかざして、行動記録としてチェックされるのだとか。
 強権発動できるお国柄ゆえ、かかる個人情報追跡のシステムが稼働してゆけるのだろう。
 (そして確かに現在コロナを制圧できているのは社会主義諸国が多い。)

 ぼくたちが新婚旅行でここに滞在した1983年当時、すでに、道路に唾を吐いただけで1万円(?)とかの罰金が科せられるやに聞いた記憶がある。

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 その後訪れたのは2012年、屋上に温水プールがあるので有名なホテルに泊まった(たしかSMAPが何かのCMで出演して話題になったような)。
 孫②が立つ窓の隅に映っている。

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 とにかくみな、元気にやってほしい。そうして1日も早くお互い行き来ができるようにならんことを切に祈る。



 

2020/11/15

不条理な早逝

 高校の同級生の49日の納骨式に参加してきた。コロナのため、というご遺族の意向で通夜・告別式は出席できなかった。
 大腸がんを患い、長い闘病生活だったようだ。

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 再婚の会食に招かれ、お相手は20歳以上年下の女性でしかも妊娠3ヶ月目だった、つい最近のことだと思っていたら14年前(彼は57歳)の話だと、参列した記憶力のいい同級生が言っていた。肖像写真を掲げていたのはそのときのお子さんだから14歳ってことになる。
 去年、やはり同級生が心筋梗塞で急逝し、その通夜の席で会った際は、化学療法を受けている影響で頭は丸坊主で少しやつれた風貌は修行僧を思わせたものだった。
 あれから連絡もなく気にはしていたが、鬼籍に入ってしまった。
 墓前でお坊さんが読経し、線香を捧げ、参列者が南無阿弥陀仏と称名を10回繰り返す。浄土宗の儀式。

 高校の同級生では4人目。
 最初は30代でくも膜下出血で急死、次は50代半ばで肺がん(小細胞肺がんという進行の早いタイプのがん)、続いて昨年、急性心筋梗塞で頓死した友(その奥様が娘さんとそのお子さんを連れて列席されていた)。

 大学の同級生について顧みるに・・・卒業後まもなくバイクで交通事故死した奴(早過ぎだった)、開業間もなく50代で脳出血により急死した奴(臨床実習の同じグループ仲間、出来る奴だった。訃報を受けたのはニューヨークマラソンのスタート会場へ向かう船の中)、胃癌で長患いの末母校の病院で逝った島根で開業していた奴(同じく50代。学生時代、彼の妹のためにバレー舞踊用の伴奏曲を頼まれ、ぼくとしては初めてのピアノ曲を作って贈った。見返りは靴下のセットだったと記憶する)、白血病で短い闘病生活の末この世を去った奴(60代初め。ぼくと同じく二浪仲間でスキー合宿の演芸会で共演した)、医者のくせに糖尿病が悪化して足の壊疽から(60代初め。たぶん敗血症で)死地に赴いた奴(二浪仲間で俳句に長け、いわば自死ではないかとも思う)、教授になってまもなく冬山で墜落死した奴(60代初め。二浪仲間)・・・まだいるような気がするけれど、すぐに思い出せるのは近しい奴ら。

 他に親しい早すぎた人々。・・・40代半ばでよくいっしょに飲んだ同僚の看護師さんがふたり、相次いでがん死。50代でご近所の小学校以来の知り合いが肝臓がんで亡くなり、行きつけのすし屋さんのご主人がおそらく致死性の不整脈で急死。

 どの人たちも皆、平均寿命を大きく下回る。
 なぜ? 早すぎるじゃないか。
 老醜さらして恥じぬ輩(他人事ではないかもしれないのだが)が跳梁跋扈する一方で、齢に不相応な(愛すべき惜しむべき)早逝する人々の存在するというあまりな理不尽、不条理をいかに解し、受け止めるべきなのか。
 かかる「不公平」が許される現世、これをプラスマイナス差し引きゼロにできるような「次の世」っていうのは存在しないのだろうか?
 現世では良いことなく終わった、負債はあまりに大きい、辛いことばかりだった、・・・でも「次のステージ」が待ってるよ・・・ってそんな「誰か」の声を聞きたい。

 来世を信ずることができる人々は本当に死を恐れないのだろうか。
 南無阿弥陀仏と称名すれば極楽往生叶うと信じられるのだろうか。
 聖書やコーランを信奉する人々は死後神のもとへ行けると信じ、それゆえ殉死を厭わず、自爆テロ死も恐れぬのだろうか。
 生きているぼくらにその回答は与えられないのだろうか。

 イエスは神の沈黙に耐えた。「エリ・エリ・レマ・サバクタニ(神よ、なぜ我を見捨て給ふや)」
 孔子は生死に関する問いへの回答を拒んだ。「未だ生を知らず。焉んぞ死を知らむ」
 たぶん、そうとしか言いようがないのかもしれぬ。
 「神は死んだ」と宣言して永劫回帰、無に向き合えというニーチェについて行ける自信は、ぼくにはない。
 ただ歩く、ただただ歩みを進める、それしか今はできない。

       南無佛と念じ落ち葉を踏みてゆく   合掌

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2020/11/14

10年前、ぼくは最強のランナーだった

 ぼくはやはり戦っていた。60代のこと。戦う相手は自分自身である。
 55歳のときに始めたランニング、60歳がピークだった。

 60歳と5か月目、ベルリンマラソンで当時「皇帝」と呼ばれたエチオピアのゲブレシラシエと対決し敗れたが(これは事実です。当然彼の方は知らなかったと思いますが同時にスタートして1時間20分の差で敗れました)、3時間25分41秒の自己ベスト(本当のベストは60歳になる直前に出した3時間25分32秒なのだけれど、ベルリンで負けたというほうがカッコいいのでこれを自己ベストと公言している)。

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 横浜ハーフマラソンのベストが60歳と7か月目で1時間33分53秒。
 60歳と2か月目にサロマ湖のウルトラマラソン、100キロを11時間34分4秒で完走。
 最強である(と自己満足)。

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 そしてそれ以降は徐々に記録は低下、65歳になった月のボストンマラソンで3時間54分9秒、これがサブフォー(フルを4時間以内に完走)の最後の記録となる。

     
 ベルリンでベスト、ボストンで最後のサブフォー、なんてカッコいいんだ。因みに初めて4時間を切ったのが57歳と8か月のホノルルマラソンで3時間59分59秒!(と、またもや自己満足)。

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 「過去の栄光」に感傷的にぬめぬめと浸っているわけではない。
 ボストン以降、あとは今に至るまで記録はどんどん落ちている。
 今やもう、フルはおろかハーフだって危うい気がする。
 最後のランが今年1月のハーフで、以後はコロナのためにずっと大会が中止になっており(古稀フル完走を目指していたのに)、はたしてどれほど走れるのか不明。
 まあ、年のせいだ、抗いようがない、と現実を受け入れている(人は年を老いて走らなくなるのではない、走らなくなるから老いるのだ!とかいってかなり足掻いたけれど)。
 これからは健康維持を最優先としよう、無理するとまた不整脈かも、静かな夕暮れの季節を楽しむのだ(ってこれもちょっと感傷的?)。

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 さて「自分史」を編集しながら昔日を思い起こしているわけだが、これにランニング人生を織り込むとなるとはなはだ膨大な作業になる。
 何せフルマラソンが36回、これにハーフマラソンだのトレイルランだの入れると140大会を超える。
 でも、秋の夜長、熱燗をチビチビやりながら少しずつ作業を進めよう。

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 きのうインフルエンザの予防接種を受けた。体調は悪くない。夕方5キロ少々走った。
 ゴールの公園はすでに落ち葉が散り敷き始めている。

 

 

2020/11/13

20年前、ぼくは仲間と戦っていた。

 50年前、ぼくは若かった、と書いた
 40年前、ぼくはやっぱり若かった、と書いた
 30年前 ぼくは戦っていた、と書いた。

 さて、そうして20年前、50代のころの話である。
 いっしょに戦ってくれる仲間がいた。戦う相手・・・新しいことに顔を顰める人たち。いや、自分たち自身だったか。
 仲間たちがそう思っていたかどうか本心は今更推し量ることもできないけれど、同じ方向を目指して仕事をしていた、それは確かだと思う。

 職種を超えて情報を共有し、連携すること。
 医者と看護師が同じカルテ(あの頃は電子カルテなどではない、紙ベース)に記載することもそのひとつだった。
 他の病棟のどこもやっていなかった。「保守派」からはずいぶん反発喰らったものだ。

 しかしこのやり方、他の病院に比しても結構先駆けていたと思うのは、ある病院から、ぼくたちが行っているシステムについて講演を頼まれたこと(なんのえにしか、その病院はぼくの父が悪性疾患で長患いをし、ぼくもそこに寝泊まりしながら小学校に通った、その病院。講演に向かう途中、胸にこみ上げてくるものを感じたものだった・・・とちょっぴりセンチメンタル・ジャーニー)。

 感染対策の取りまとめ役を仰せつかっていたことから、インフルエンザの季節に同じ診療圏の開業医の先生たちと発症状況を知らせ合うシステムも作ったのもあの頃だった。
 ネット上で、地区ごとに連日陽性患者数を届ける。今はもう当たり前になった感染状況を示す地図だけれど当時はまだほかに類を見なかった(と思う。あるいは知らなかっただけかも)。
 SARSで世の中が騒がしくなったとき、このシステムは大いに役にたった。
 時季外れに受診した様子のおかしな発熱患者の受け入れを表明したことで、病院の評判は地域では上がったようだ(たぶん、と自己満足)。
 幸い現実に「本物」には遭遇しなかったが、完全防備で対応に当った当時の緊張感の記憶が、今懸命にコロナ診療に当たるスタッフの方々のPPE(個人用防護具)姿を見るにつけ蘇る。

 しかし、かように昔日の事跡をつらつらと自画自賛、自慢するのは典型的老害症状かもしれぬ、しかも自己顕示の欲望を抑制できないのも高齢がなせる業、いやいや、自己弁護のためにこれを齢なんぞに一般化するのはいかんぞ(と言いながら書いてしまった)。

 そうして今は当時の連中に世話になってる部分少なからず、である。

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 不整脈治療をしてくれたのは、当時病棟で指導した(なんて偉そうだけど)研修医、それが今や大学教授。

 バイトで首を切られたとき喜んで迎えてくれた地域病院の看護部長は当時、同じ病棟のピカピカのナースだったし、別のクリニックで雇ってくれたのは、実家の病院を継ぐに当たって臨床の再研修にやってきた女医さんだったし、・・・ありがたいことである。

 むろん(と言っていいだろう)離れてしまったのもいる。ぼくに愛想をつかしたのもいるかもしれない(おそらく)。

 あの頃から手を出し始めていた睡眠時無呼吸症候群診療、今までずいぶんたくさんの患者さんを診てきたけれど、この検査を自分で受けたことが実は、ない。
 これでは患者さんの気持ちはわからんぞ、ということで、「隗より始めよ」には全くならない、まことに遅まきながら先日受けてみた。

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 1泊入院、全身にモニターを蛸足かイカ足かスパゲッティかの如くに、取り付けて寝るわけだから、当然ながらあまり深い眠りにはなかなかゆかない。
 そのあたり、脳波でもって明らかになる。
 いつもの睡眠導入剤に加えてアルコールを持ち込んだ。飲んで寝た方が無呼吸は出易いので、悪い結果を誘導しようとの意図だ。

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 常日頃日中の眠気があり、昼食後はほぼ毎日仮眠、シェスタでこれを覚ます、以前から自分も睡眠時無呼吸症候群ではないかと疑っていたのだが、これまで自宅で行った簡易モニターでは期待するような(?)結果は得られていない。

 暖かな夕食が運ばれ、看護師さんがいなくなると、飲んだ、飲んだ(詳細については差し控えます、ここでもまた)。
 あまり眠った気がしなかったけれども、それでも脳波で見ると60%くらいは睡眠が取れており、評価は何とか可能。

 で、結果・・・ごく軽度の睡眠時無呼吸症候群。
 具体的には1時間あたり10秒以上の無呼吸が6.0回。
 眠りの深さ、レム睡眠とノンレム睡眠の規則性といった睡眠の質もほぼほぼ保たれている。

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 1時間あたりの無呼吸が5回/時以下は正常、5~15は軽度、15~30が中等度、30以上は重症と、一応判定基準が決められてはいる。
悩ましいのはこの指数と自覚症状が必ずしも相関しないこと。
 無呼吸が60回とかの超重症でも無症状の方が少なからずいる(居眠り運転で事故を起こしニュースで取り上げられる運転手さんのほとんどがおそらくこのタイプ)。

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 だから、「眠いのは気合が足りないんだ」と安易に患者さんに伝えてはいけないのだけれど、さてぼくのこの結果、どう自己診断するか。
 また来年、再検査してみるかな・・・
 でも、自ら受けたことで今後患者さんにも勧めやすい、今更ではあるけれど。

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2020/11/12

ワクチン To Do or Not to Do

 インフルエンザワクチンのことである。
 区から「高齢者予防接種」のお知らせが届いている。年齢区分により全額免除と。
 いつ受けようか、迷っている。
 バイト先ではいつ射つんですか、と毎回訊かれる。明日もたぶん訊かれる。
 早いところやってもらえばいいのだが、未だに風邪が完治していない、ここで接種して体調崩してしまっては本末転倒、と優柔不断が続く。

 
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 今シーズンは患者さんの反応が早い。施設によっては希望に追い付いていないところもある。
 ぼくは患者さんには積極的に接種を勧めている。

 老若男女問わず、とにかく受けて頂きインフルエンザ罹患を少しでも減らす、それでもこれからの季節、もし発熱で外来受診されインフルエンザの検査が陽性であればその治療をして反応を待つ、改善がなければコロナ検査へ回ってもらう、・・・とそんな戦略で臨む、これはどこのバイト先でも同意見である。

 開発が急がれているコロナのワクチン、90%に効果ありとの最初の報告が出て期待が一気に高まっている。
 マイナス70度とかの冷却保存が必要らしく、国内の冷却器製造会社の株価が急騰していると、新聞の経済欄にある。目先の鋭い筋があるものだ。

 でも、待った。
 慎重に考えないと。まだほんの初期の段階なのだ。90%の奏効率は段々低下する可能性は高いと思う(ぼくがそう感じるだけのことではあるけれど)。
 それまではとにかく標準予防策。マスクと、手指消毒、顔をよく洗い、うがいをよくする、そしてソーシャルディスタンス、これに尽きる。

 それにしてもここのところ急に寒くなっている。朝晩の気温差が大きい。
 特に孫たちが来なくなってからはリビングの温度は上がらない。
 寒がりのぼくはしょっちゅうリビングのエアコンをつける。
 妻と息子は暑がりで、暖房を嫌う。
 チャンネル争いではなく、エアコン闘争。2対1で勝ち目はない。
 これを民主主義というのか、弱者救済の精神は君たちにはないのか!・・・虚しい。
 で、食事は3人が時間差で摂り、あとは自室に引きこもる。
 ますます寒さがつのる。




2020/11/11

シールドが隔てるもの

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 コロナ対策でバイト先のある病院の診察室にも患者さんとの間に透明の衝立が設置されている。
 一部使用するドクターもいるが、呼吸器科の医者としては聴診器を当てて(きわめて密な状態で大きく息を吸ったり吐いたりしてもらって)呼吸音を聞かなければ話にならない。
 そうかといってマスクだけでは不安なので、聴診するときにフェースシールドを使う。シールド越しだと声が曇るし、画像も詳細に見ることはできない(夏場は暑くてしんどかった)。

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 春頃は自家製ので間に合わせていたけれど、現在はマスク同様、豊富に入荷しているようだ。ホントにあの騒ぎ、何だったんだろう。

 しかしマスクとシールド越しに患者さんと接するってのはどうなんだろうか。
 そうでなくたって医者と患者さんのコミュニケーションのあり方が取り沙汰されて久しい。
 インフォームドコンセントってわけで、やたらと説明書が増えているのはその結果ではあるにしてもこれで充分とは医者の方でも思っていないはず。

 どの業界でもマスクとフェースシールドが多様されているが、さてウイルスをどれだけブロックできるのか。
 当初は飛沫感染対策だけで良しとされていたのが、今やエアロゾル対策だ。敵の姿は目に見えないから厄介である。

 検出されるウイルスが100万単位の数(これは「大軍」ではないらしい)で侵入してきたら感染成立ってことのようだが、そうでない少数ゲリラだったらどうなのか、鼻腔、咽頭を橋頭保として陣地を拡大することはないのか、「自力・自助」でどこまで対処できるのか・・・不明なことが多いし、(いろいろな理由で)隠されていることも少なくない気がする。

 見渡せば目を凝らすまでもない、見えないシールドを張っている状況、世の中随所に露見している。
 意見を聞かない(聞えないふりをする)輩の何と多いこと。それに分断(そう言えばアメリカとメキシコの国境に本気で作った壁はどうなっているんだろう)。

 シールドの回りから、壁の隙間から、ウイルスたちは様々な経路で侵入し、住人の遺伝子を操作し、厄禍を惹き起こす。
 しかもそれは「こころ」の遺伝子にも組み換えを起しているのではないのか。・・・あまりに非科学的、ただの妄想ならいいのだけれど。

 1か月近く経つのにまだ風邪が完治しない、咳が思い出したように出る。
 かったるいが夕方走ってみたら案外気持ちよく走れた。
 なにせ寺町で21000歩、山寺で15000歩、鎌倉で25000歩、「修行」を重ねたのだ。免疫力もアップしたことを期待する。

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 先日PCR検査を受けた男子、陰性だった。そのお父さんからわざわざお礼の電話を頂いた。
 シンガポール在住で、目下「隔離中」の娘一家にオモチャだのフルーツだの色々と差し入れしてくださっており(どうも娘の方から「おねだり」してるらしい)、こちらこそありがとうございますってお礼した次第。で、お互い様、ということで。

 これこそ「共助」。おい、シールドの向うでボーッとパンケーキ喰らってるおじさん、聞いてるかい?
(くりかえしますが、ぼくは決して左翼ではありません。右も左も是々非々で、・・・これも再使用だったかしら)

2020/11/10

マスクが隠すもの

 今日は東京が290人、大阪で220人超え、と数字はまだまだ減少傾向を見せない。
 いったいこの内訳はどうなのか・・・発症者なのか、感染者なのか、ウイルスが咽喉や鼻腔に付着しているだけなのか。 

 そもそもPCR検査とは採取した検体の中に含まれる遺伝子を何回も増幅して調べるもので、少ない病原体、例えば結核が疑われるような場合、喀痰検査をPCR方式でやると、活動性のあるもののみならずすでに死んでしまった結核菌(つまり死骸)まで陽性と判断されることがある(これに騙されることも安心することも色々ありました)。

 コロナウイルスの場合、その増幅を1回すると2倍、25回の増幅で3300万倍になる。30回の増幅で10億倍、40回の増幅で1兆倍になるという。
 そしてウイルスが咽頭に100万から1億個ぐらいの単位で付着していないと感染しないとされているようだ。
 これだけ世界中に蔓延している状態だと、100個や1000個くらいが付着している人は相当数にのぼることが容易に想像される(無症状の濃厚接触者とはこういう人たちなのだろう)。PCRだとこれくらいの人にも陽性反応が出るらしい。
 ある試算によると、40回の増幅で陽性になった人の85-90%は、増幅を30回にすると陰性と判断されるとのこと。30~40回くらいっていうのをちらりと聞いたことがあるが、ほんのちょっとのところで陽性・陰性、天地の差が出るってことになる。
 実際どれくらいの増幅回数で検査が行われているのか、調べても出てこない。ご存知の方がいらっしゃたらご教授お願いしたい。

 でも、まあ、とにかく私ら市井の人間はマスクと手洗い、ソーシャル・ディスタンス、これに尽きるようだ。

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 それにしてもこの春のマスク騒動、あれは一体何だったんだろう。トイレットペーパーまで店頭から消えたり。

 そして今ではマスクがすっかり社会的地位を確保している。当初は黒いマスクを見ると異様に思えたのが、今では何の差し障りもなく網膜を通過し大脳の意識に至るようになっている(まどろっこしい表現だな)。

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 先日「笑点」でマスクで美人が増えたって話で笑いを取っていた師匠がおられたが、全くその通りで、世の中にかくも数多の佳人ありしか、と感じる今日この頃(すみません、自分のこと棚に上げて)。

 いっそのことどうせなら、接待を伴う店でも堂々と「当店はマスク美女多数揃えてます」とか、「全員マスクイケメンです」って宣伝して、フェースシールドとディスタンスを取って営業したらどうか、なんて思ってもみる(無理かな、やっぱり)。

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「着物を着る以上お面も被った方がいい」
 小林秀雄さんは「当麻」の中で宣っておられます。
「不安定な観念の動きを直ぐ模倣する顏の表情のようなやくざなものはお面で隠してしまうがいい」と。

「その件につきましてはコメントを差し控えさせていただきます」と淡々と答弁を繰り返す今度の総理大臣の顔貌、鉄面皮のようなお面でもつけているのかどうか。その下にいかなる素顔、本心を隠しているのか、これは隠さずに開示してほしいものである。

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2020/11/09

GO TOいざ鎌倉

     

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 孫ロスを紛らわすというわけでもないのだが、先週の仙台に続いて今週はGO TO鎌倉。

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 北鎌倉の円覚寺からスタートして明月院、浄智寺と巡りながら、つい先日訪ねた仙台の多くの寺院を思い起こし、何が違うんだろう、ぼんやり思ったが、すぐ気付く。考えるまでもないこと、時代も寺域の環境も違う、江戸時代と鎌倉時代だし、近代都市の街中にあるのと自然保護地区との違いもある。

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          名月院悟りの窓(京都源光庵のと違って窓ガラス入りなのが残念)

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 市内の寺域のあちこちを参詣客が三々五々、あるいは群れ、あるいは独往。多かれ少なかれこの雰囲気の中を逍遥する人たちの内部には無意識裡に共有される巡礼の気分が流れているんじゃないか。勝手な思い過ごしだろうか。先日書いたように

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 如来、菩薩、十二神将、仁王などなどすぐ間近に拝することのできるほとけ様は少なかったけれど、御堂仏前に合掌一礼するだけで心持ちは自ずから厳粛になる。
 あまたのお寺を囲繞する古木や樹々、岩、それに山腹のあちこちに残る「やぐら」。

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 鎌倉という狭隘の地ゆえ、需給の必要性から横穴を掘って供養の墳墓としたとされ、石仏や供養塔などが安置されているが、どれも風雨に晒され模糊としているさまが時の移ろいを感じさせ、惹かれる、とこれは山寺参詣でも書いたけれど。

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 建長寺の半僧坊から鎌倉アルプスと呼ばれる峰伝いのハイキングコースへ。

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 かなり急峻な上り階段がつづら折りに続く。
 背負うバックパックの重さがさらに足取りを遅くさせる(平生の通勤時と同じくPCだの色々なものに加えて1泊分の着替えや洗面セットなどを詰め込んだせいでいつもよりずいぶん重く感じる)。
 山寺の上りよりもきついぞ。こりゃまるで荒修行だ、などと言ったらそこら中のお坊さんたちに怒られるかもしれない。失礼な話だ。

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 久々の暖かさを超える上天気、厚手のジャケットは失敗だった。
 所々で額の汗をぬぐっては給水。でも晴れ上がって視界が開けたところでは相模湾も遠望できた。
  
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 路上に這う太い根っこや、擦り減ってデコボコの岩場の薄明りの道をたどり、覚園寺に下り着く。
 
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 本堂の薬師三尊にお参り。受付のお坊さんに「コロナに罹らないようにお祈りしながら作りました」とお守り札を頂いた。

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 他のどのお寺でも同じだが受け付けに消毒ジェルが置いてある。それに密にならぬよう順路を作ったり、出入り口を分けたりと動線に工夫を凝らしているところも多い。覚園寺ではこの時、お参りの人はひとりだけだったけれど。

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 覚園寺では受付から奥は撮影禁止。

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 付近のお蕎麦屋さん「武士」でやや遅いランチ。新そば(十割鴨そば)が旨かった。いっしょに頼んだビール、汗をかいたからだに咽喉からしみこむ快感!

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 しばし歩いて杉本寺へ。
 入口からすぐに続く急な石段を見て妻はギブアップ、先にホテルへ行っているわと別行動。
 修行が足らんぞ、なんのこれしき・・・と威張ってみてもやはり足取りは重くなる。

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 仁王門には運慶作という仁王阿吽の像。東大寺のものと比べるとちょっと手を抜いたのかしら、などと不届きな考えがちょっぴり脳裏をよぎる。

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 杉本寺は鎌倉で最古のお寺。鎌倉幕府が開かれる500年前に行基が開山したとされる。
 本堂のご本尊の杉本十一面観音は秘仏で、運慶作とされるお前立の十一面観音が薄暗い御堂の奥に佇立する。
 お顔の部分は光がかなり届かなくなっているが、眼を凝らしていると次第にかすかに拝することができるようになってくる(ような気がした)。
 
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 これより数百メートルで竹の寺、報国寺に至る。

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 ここにもやぐらがある。

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          もののふの眠るほこらに霜月の風は過ぎゆく葉ずれすらせず

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 ここでもそうだが、若い人たちのお詣り姿が目立つのは気のせいか。小町通りあたりでレンタルしたものなのだろう、着物姿の女子をよく見かけた。印象についてのコメントは差し控える(流行ってるよね)。

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 日はやや陰り竹の林の輝きの期待はかなわず。

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        冬立ちて苔に暖とる佛かな

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 ゴールは鶴岡八幡宮。疲れ果ててたどり着き源氏池のほとりでしばし休息。

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 八幡宮の石段下でこれも密を避けるためなのだろう、参拝客の人数を区切って時間をおいてお参りへと導いていた。
 10年前、強風で倒れた大イチョウは再生が進んでいるようだった。
 
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 25000歩の小さな旅、宿は由比ガ浜のホテル。大浴場があり、サウナに入ったのは何年ぶりだろう。
 直ぐ近くの小さなイタリアンの店で夕食。妻はネットでもってこういうところを漁るのが実にうまい。不思議と鼻が利くのである。お寺、仏像にはとんと興味を示さぬのだが。

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 今日はのんびりとチェックアウト。近くを保育園の園児たちがお散歩。つい先日発ったばかりのかれらを思い出す。
 娘一家は目下シンガポールで隔離生活。孫①が「おじいちゃん、おばあちゃんの家に帰りたい」といって娘が苦労しているらしい。
 何せ車で送りだしたときは、「じゃあ、またあした遊ぼうね」って窓から手を振ったものだった。ちょっと胸キュン。
  
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 時間が少しあり、駅のそばの静かな大巧寺というお寺を散策。1時間半ほどでバイトの病院に到着、いきなり日常の中に戻った。
  
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 でもねえ、・・・いくらお国の政策って言ったって、40分のマッサージとお土産付きで1泊1万円余りの割引に5000円の地域共通クーポン。これでいいんでしょうかね。何とはなしに引っ掛かります・・・と、小さな声で。

2020/11/07

リスク以上クライシス未満 (佐藤優さん、承前)

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 コロナは一向に衰えない。東京では今日も294人と(20代が圧倒的)。相も変わらず数字ばかりをまくしたてるマスコミ。
 当然ながら不安に駆られる人がすぐご近所にもいる。
 先日娘たちを見送りに来てくださったご家族の次男が昨日急な発熱にコロナを心配し、相談センターに電話したけれど埒が明かなかった、どうしたらいいでしょうかと相談された。
 話を聞くとそれらしき症状はなく問題なさそうだけれども(いくつか紹介された対応施設のうちある病院では当直医が電話に出て「コロナに間違いなさそうだけど対応できません」と言ったとか・・・なんだこいつ!)、不安払拭のため(無理もない)、バイト先でコロナ対応している病院へ朝連絡し、PCR検査を受けてもらった。担当医の判断もやはりコロナらしくないけれども、とのことで薬を処方してもらった由(結果は月曜日)。
 様々な形で世の中は混乱しているようだ。
 アメリカ大統領選挙はまだ決着つかず、こちらはもっと混乱、そして分断。

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              (高齢者の重症・死亡数が横ばい)

 著書の中で佐藤優さんはコロナ禍を、リスクの閾値を超えてはいるがクライシスには至っていないという。この解釈は理解できる。「予見可能な不都合な出来事がリスク」であり「予見が困難で生死に直結するような危機がクライシス」というのだから。

 そして彼は、類似性に着目する「アナロジー的思考」に対して「タイポロジカル思考」を提示する。
 前者が「ある状況を別の時代、別の場所に生じた別の状況(時間軸上、歴史上の事実)との類比に基づいて理解する」のに対して、後者は「複数の状況を典型的なタイプに分けて理解する」とする。
 そうして世界各国の対コロナ戦略をタイポロジカルに分析する。
 コロナ感染を(単なる、たかが風邪といって)リスクと捉えていたアメリカやイギリス、イタリアの失敗と、リスク以上クライシス未満と捉え強固な規律で封じ込めに成功したドイツ(現在は再燃に苦慮しているが)、韓国、台湾、イスラエル、それに陰謀説を囁かれた中国などを対比する。    

 知識人とされる人々も、コロナ禍をリスクと捉えるグループとクライシスと捉えるグループに二分されるようだが、共通して言えるのは、「今回のコロナ禍によって人類が抱えているさまざまな問題が増幅されている」ということで、これは国家レベルから個人レベル(の内面)まで遍く起きている現象だ。
 今こそ内面への「巣篭り」が必要なのかもしれない。むろん身の回りのこと(国内外ともに)への目配りを怠りなく行いながらではあるが。

2020/11/06

ウイルスと善悪

 久しぶりに走った。本当に久しぶり、2週間も空いた。
 風邪が長引き体調良からず、娘一家の引っ越し準備中、孫たちの面倒見に時間を費やしたというのもある。
 9月までは月間100キロは走っていたのが10月はそんなわけでわずか43キロ。
 慌しかったけれど今は気が抜けたような静かでちょっと寂しい日々である。

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 コロナの勢いは相変わらずで、軽症な若者が高齢者に感染させて重症に至らしめる構図は「第2波」と呼ばれる時期以降変わらぬようだ。
 今のところ切迫した状況ではないとじぶんでは判断しており、ゆえにGO TO EAT, GO TO TRAVEL

 とはいえ感染させられては堪らないから、今まで以上に手洗い・うがいに気をつけてはいる。マスクも顔に当たる裏側にウイルスの侵入を防ぐ(として売られている)フィルターシートを入れている。
 カミュの「ペスト」では疫病の流行が収束に向かい始めたころに、不運にも司祭が感染死する。
 気は抜かずにGO OUT from HOME だ。
 久々に走ったのもここのところ衰えかけた免疫力再生を意識してのこと。

 それにしてもアメリカ大統領選が大変なことになっている。
 民主主義の根幹を否定するような現職の暴言の数々・・・と思っていたら対立候補側の不正もあるかも、との情報もある。
 正義が複数あるのか、政治家なら誰しも多かれ少なかれ悪を内蔵しているものなのか。
 我が国だって数に物を言わせて都合にいいように法の解釈(違法!)を平然と行ってきたのがいるし、今度の首相だって早くも馬脚を現したし、危ういものだ(かく言うぼくは決して左翼ではないと思っている)。是々非々・・・これも政治屋に使い古された言葉だなあ。

 政治家の善悪ばかり評することはできぬ。
 一般民衆誰にも、そしてそのひとりであるぼくにだって、悪は確実に内在していると思う。
 当然ながら同様に善なるものも併存している。
 そして善悪のみならず、人間が無意識に、最初から(ア・プリオリに)共通して有するものっていうのも確かにあると思う。
 たとえば花を見て美しいと感じる、たとえば寺社仏閣で厳粛な心持ちになる、あるいは自然の山・巨岩・古木などに神宿ると思う、・・・などなど多かれ少なかれ誰にも、昔から(人類の歴史の始まりから)無意識に備わっているものがあるのではないか。
 ユングの説いた「共時性」(我が国では河合隼雄さんがこれを提唱している)に相当するものだろう。孟子の唱えた性善説もこれに通じるのではないか。

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 コロナウイルスの性格について年初から膨大な研究報告で様々に評価されてきている。
 ウイルスがある種のメカニズムでもって人間の細胞に侵入し、宿主に損耗を与えるわけだが、まだまだ未開部分が多いようだ。
 現在の欧米での悲惨な状況を日本のそれと対比してみると、何やらウイルスが変容を遂げていると思わざるをえない。

 ウイルスは悪疫の原因として問題視されるわけだが、途方もない数のウイルスの中には人間の生存に貢献しているものも多いという。
 ウイルスは人間の細胞に闖入し、その遺伝子(DNAとRNA)を人間の遺伝子に紛れこませることで自らの子孫を残し(コピー)、宿主の性格を変える、これが人間の生存にプラスに働くことで人類は現在のような姿に進化してきたという。
 人間の性の善悪を考える時、「ある種のウイルス」の働きかけの仕方、人体内でのコピーの在り方次第で、この現世のあらゆる混乱、闘争が起こっているのではないか、ふと思ってしまう。自然科学の徒らしくない発想かもしれないけれど。

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2020/11/05

奥州藤原氏の旧跡を訪ねる

 前回仙台を訪れた時は「いずれ夕陽のランナー杜の都を駆ける」などと言っておきながら、2日目は山形、3日目は岩手。気紛れである。
 仙台からレンタカーで1時間半ほどで平泉に着く。
 以前この地を訪れているが9年前のこと。東北大震災のあった年だ。

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 中尊寺は山門から本堂に至る参道の上りがなかなかにきつい。月見坂という。
 この3日間、歩き(寺町巡り21000歩)、上り(山寺参詣15000歩)、・・・しかし、煩悩未だ衰えず、五欲一向に去る気配なし。
 
 途中に見晴台があり、衣川のあたりを一望できる。
 山寺では蝉の声に耳を傾けた蕉翁、この地では衣川の戦を偲んでいる。

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・・・三代の栄耀一睡の中にして、大門のあとは一里こなたにあり。秀衡が跡は田野に成りて、金鷄山のみ形を残す。先づ高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河なり。衣川は和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入る。康衡等が旧跡は、衣が関を隔てて南部口をさし堅め、夷をふせぐと見えたり。偖も義臣すぐつて此の城にこもり、功名一時の叢となる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠うち敷きて時のうつるまで泪を落し侍りぬ。・・・

  夏草やつわものどもが夢の跡
   Samurais sleep dreaming of the old glories on the summer grass.

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 芭蕉が五月雨の中で見た金色堂は紅葉、黄葉が緑と微妙に混淆した樹々の枝にさらに被われ(芭蕉が参詣した当時の被い堂が残されている。上右)、白雲浮かべた蒼空との対比が素晴らしい。

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 境内では菊祭りの展示があり、能舞台では能が演じられていた。残念ながらよくわからなかったけれど澄んだ雰囲気だけは味わえた。

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 毛越寺は中尊寺に近く、山寺立石寺、中尊寺とともに9世紀中葉に慈覚大師が開山した天台宗のお寺。

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 浄土のありさまを具現した池を囲んで建てられた伽藍建築はほぼ失われているが、南大門址に立つと燃える紅葉に思わずため息。
 夢見心地というのはこういう気分をいうのだろうか。

    みちのくの浄土の庭に紅葉燃え水面(みなも)を流るる秋のしら雲


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 池のぐるりをたゆたいながら、奥州藤原氏がうつし世に見た浄土の夢に思いを馳せた。

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     大寺にまろき柱も軒もなく礎の上(へ)を秋風ぞわたる

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2020/11/04

芭蕉の山寺参詣

 仙台から仙山線で30分ほどで単線を走る列車は山中に至り、清らかに澄んでいかにも冷たそうな渓流や、車窓両がわ間近に迫る鮮やかに色づいた樹々がつぎつぎと過ぎてゆく。
 小一時間で山寺駅に着く。山形県である。
 山寺といえば芭蕉の名句、「閑さや岩にしみいる蝉の声」で有名。学生時代に訪ね来た幽かな記憶があるが、本当に幽か、全くおぼつかない。

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 伽藍を構成する建築物は険しい山肌に食らいつくように、吸いつくように配置され、登山口から奥の院まで千段余りの石段の参道が続く。

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 薄暗い樹間をゆく参道は曲がりくねりながらの上りで、所々開けた空からは陽が注ぎ、はじめはうすら寒いと思っていたのがいつしか額に汗がにじむ。

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 息を整えながらひと足ひと足上るが、息が切れ一休み、また一休み。
 2週間ほど前にひいた風邪、気管支炎が長引き体力が落ちていたが、こういう負担のかかり方だと、その回復ぶりの頼りなさが露わになる。

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 そういえば羽黒山の2400段を駆け上ったのは8年前のこと

 1段のぼるごとにおのれの煩悩が滅却されていくと案内板にある。煩悩は百八つどころではないということか。

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 山にあるお寺で山寺というのかどうか、正式名称は宝珠山立石寺。平安の初期貞観時代創建の天台宗のお寺だ。
 本堂根本中堂には金剛・胎蔵の二界曼荼羅が掛けられてある。

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 寺域である岩山の至る処に磨崖仏や石仏、石造りの供養塔などが散在し、山腹には石窟もあまたあり、鎌倉のあちこちにある「やぐら」を連想させる。

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 修行の場とはいえ、こういう峻険な地にこれほどのものを創り上げるエネルギーにはただ驚嘆あるのみ。
 そうして全山を被う紅葉、黄葉、とりわけ能舞台のような三面を見渡す五大堂からの眺望は素晴らしい。

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      紅葉が全山おほふ岩の寺 

   
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       山寺の岩にしみいるみほとけの幽かな笑みにいにしへ思ふ

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 石仏とか磨崖仏にとても惹かれる。
 何百年も風雨に曝され、顔貌、姿が摩耗して判別し難くなる。時間の流れを体感するとともにかつての姿を想像したりするのは楽しい。
 むろん、その時の気分で、感慨、解釈はいかようにも変容を遂げるわけではあるけれど。
 臼杵の磨崖仏近江の石仏群、奈良滝坂の道に沿って点在する石仏・磨崖仏などなどどれも魅力的だ。
 中宮寺の弥勒菩薩像について、保存のために漆で鋼のような印象を受けるが何百年か経ってその漆が剥落しもとの木肌があらわれたときの陰影はいかばかりすばらしいものだろうか、と亀井勝一郎が「大和古寺風物誌」に書いている。まったく同感である。

       Breaking the silence, the voices of cicadas soak into the rocks.
           (閑かさや岩にしみいる蝉の声)

2020/11/03

寺町逍遥

 孫たちのお守りから解き放たれてか、孫ロスを鎮めるためか、娘らを送り出すと早々に仙台へ行った。9月以来である。
 仙台駅の東側に寺町があり、一度巡ってみたいと思っていた。

 新寺通り界隈にはかなり多くのお寺がそれぞれそれなりの規模の佇まいを見せてはいたのだが、ほとんどは伊達家勃興後の創建であるから(それ以前の開基になると伝わるものもあるとはいえ)、建築様式に共通点が多々見られる(一言でいえば「武ばっている」、か)のは当然かもしれない。
 次々に現れるお寺の佇まいが同じように感じられ(歩き疲れもあったのかもしれない)、さして広くはない地域に禅宗・日蓮宗・浄土宗など諸宗混在しており、開祖のお方たち同士の勢力争い、せめぎあいなどいかがなものだったろうかなどと余計な邪推をめぐらせたのはおのが下衆根性のなせるわざには違いないとはいえ、少々食傷気味の感懐に見舞われたことは白状しよう。

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 いちばん残念だったのはガイドブックには諸寺にいろいろなご本尊の仏様が記載されているのだが、どこも「拝観受付」のようなものがなく、お堂も庫裏も扉を閉じていたこと。わざわざ案内を請う気にはならなかった。
 
 期待した「古寺巡礼」の気分は体験できなかったけれど、仙台という都市の歴史を考えてみれば、まァ、予測はできたはず、とこれは結果論か。

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      寺々をあまためぐれどみほとけの姿しえ見ずいとぞむなしき

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2020/11/02

旅立ち

 昨日娘一家がシンガポールへ出発した。
 3月以来コロナのために足止めになっていたのがようやく実現。
 前夜は一人暮らしの次男もやって来て全員で壮行会。

 朝はご近所のご家族までが見送りに出てきてくださった。ご主人がなんとシンガポールに単身赴任中。なんなりと相談してください、と娘らにはこの上ない僥倖。

 夕刻到着、PCR検査を受け、指定のホテルへ。コネクティングルームだそうだけど、2週間の隔離、たいへんだな。

 婿殿の転勤、2年か3年か不明。
 コロナ感染の状況見通せず、われわれもいつかの地を訪ねられるか分からない。寂しくなるね。

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