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2014/03/17

古河はなももマラソン 医者の不養生

 バカは風邪を引かない、などということばがございますが、バカも風邪を引く、その風邪を引いたバカがフルマラソンを走った、という噺にございます。
 しかもそのバカが医者でありまして、ふだん風邪を引いた患者さんがおいでになった日には、葛根湯なんぞを処方致しまして、
 「まあ、からだを暖かくして、栄養をつけて、安静にしておいでなさいよ」
な~んてことを申すんでございますが、これが自分のこととなるとそうは行かない。
 医者の不養生なんてことでは済みゃあしません。これはもう愚かというか、バカというか、バカは死んでも治りません、と初めから落ちがついちゃあ、これは噺になりゃあしません。
 しばしお付き合いを。

 

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  昨日、常陸の国、古河市で行われた「古河はなももマラソン」。
 まことに春のうららかさ、のどかさを響かせるネーミングではございませんか。
 このわたくしめ、レースの3日ほど前から風邪を引きまして、熱こそないものの、鼻水がやたらと出て、頭の前半分、顔面がもわ~っと重い。前頭葉に雑巾をかけられたとでも申すんでございましょうか、ま、いわゆる鼻かぜってやつでございますな。
 フツーの人は風邪引いたらマラソンなんてしないわよ、とこれは家内の申す、ごくごくマットーなコメントにございます。
 ボストンマラソンを当面の目標としておりまして、これから逆算して5週間前の昨日、フルを走り、4週間前の来週はハーフ、あとは練習量を漸減していく、というプランを立てておりました。練習で走る距離だけは稼いでおきたかったのであります。
 なんせ「はなもも」であります。ももくろではございません。
 前日までの寒さとは打って変わって、朝から気持ち良~く晴れ上がっております。気温は18度くらいまで上がるという予報。
 調子が悪いのは首から上、それも前半分のみ。手足は動く、別段だるさも感じない。
 で、とにかくも出かけました。出かけはしましたが、電車の中ではず~っと目を閉じていたい、妙な眠気。そして頭の前半分はもわ~っと重い。ま、前頭葉に雑巾をかけられたような気分にございます。
 古河駅からのシャトルバスの中でも同じ状態で、あたりの景色はほとんど目にしておりませんでした。

 シャトルバスに乗るまで結構時間を取られ、会場に着いたのは予定より大幅に遅れて9時20分。
 待ち合わせた日医ジョガーズの方々に言い訳けの時間もなく、まぁまぁ、まずはお着替えを、はいはいそれでは失礼をばいたしまして・・・てな具合に面々との挨拶もそこそこに着替えを致します。集合の記念写真にはわたくしめ、間に合いませんでした。
 着替えてゼッケンを付け、荷物を預けて、と想定外の時間がどんどん過ぎてまいります。
 スタート15分前。アップの時間もない、せめてストレッチ。 

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 そうしていよいよ差し迫った時に催して参りますのはいつものことにございます。
 物陰へ急ぎましてウエストポーチから携帯用トイレ取りいだし、事を済ませます。
 この携帯トイレなるもの、大変に重宝でありまして、ウエアの内部で事はすべて完結致します。
 すなわちインナーとタイツを引きおろし、最表面の短パンの内側で己がいちもつを黒のポリ袋の入口部に突っ込み、スッキリとした開放感とともに事を済ませますと尾悉呼は忽ちゲル状の塊へと変容を遂げ、ボール紙製の入口部を密閉させ(ホントに良くできてます)付属のブルーのポリ袋に入れて上部を縛り上げればあとは正体不明の可燃ごみ扱いが可能な物体に変化致します。
 いとおしい暖かさと弾力を手のひらに感じつつゴミ箱へ投入して一件落着。
 ただしこの一連の所作を周りの人々に悟られぬよう、あくまで自然に、できれば前方には何らかの光景が広がり、180度の視野に他人が入らない場所を選び、物思いにふけるように遠くを眺め、数歩動いてみるも良し。
 短パンで全てが隠されたとは言え、前から見れば股間部にうごめく手のふくらみは不自然であることは隠しようもなく、あくまで後ろ向きに、できる限り人影離れたる場所で事を済ませることを強くお勧めする次第にございます。
 どうも排泄にお時間を割き過ぎたようでございますが、実際にはこの間、わずか数分でありまして、シューズの紐を締めなおしてスタート・ラインに立つとまもなく、10時。
 号砲一発(かどうか、聞こえませんでしたが)、大歓声とともに、あらかじめ決められたグループよりかなり後方からのウエーブスタートとあいなりました。

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 キロ6分で30キロまで行こうじゃねえか、あとは棄権してもいいってことよ。無理せず完走できればそれはそれで良し。目標タイムは4時間15分から20分くらいでどうだ、ってんで、これがレースプランでありました。
 体調管理ができてない状態で走るとどんなことが起きるのか、それを確かめながら走ってみようなんて不届きな思いも多少ございまして・・・いわば確信犯とでも言うもんでございましょうか。いやいやとんでもございません。愚かといえば愚か、問答無用の愚かさであります。
 しかも生業とするところは医者にございます。医者の不養生なんてことで済ませられるものか、どうか・・・ 賢明なランナーの皆さん、そして良い子の皆さん、決してこういうおとなのマネをしないでくださいよ!

 最初の1キロが6分7秒ほどで、らくらくペース。5キロが28分半42秒。
 これなら無理せず行けそうじゃねえか、なんぞという感覚が結構続きまして、5キロ毎のラップが、10キロで28分24秒、15キロ28分17秒、20キロ28分18秒、25キロ27分19秒。
 とくに22キロあたりから27キロくらいまでは丁度ペースメーカーになりそうなランナーを次々に見つけてこの方々に着いて行くことで、失速どころかペースアップしてしまいました。
 こうなってまいりますってぇと・・・おれって結構スゴイんじゃねぇ? とか、為末大さんの書かれました「ゾーンに入る」ということを追体験できるんじゃないの? などと不埒な思いが浮かんだことも事実であります。

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  が、しかし、良かったのはここまで。
 不埒、傲岸なる態度にはつねにしっぺ返しがつきものにございます。
 29キロ地点から急激に失速、30キロまでの1キロがなんと長く感じられたことでございましょうか。
 30キロのラップが28分34秒。
 あとはもう体が思うように動きません。ここで棄権すべきでありました。
 走る前は調子次第で30キロで棄権もありだよな、なんて思っていながら、これを超えて、走るのがつらくなっても、棄権という文字が脳裏に浮かんで参りません。
 日医ジョガーズのユニフォームを着て走っていることが無意識のうちにもプレッシャーであったかもしれません。
  「な~んだ、あの医者、情けねえったらありゃしねぇ」
 いえいえ別に日の丸を背負って走るオリンピック代表選手と比べてみる気なんぞ微塵もございません。次元が違うってもんでしょうが、「あいつは肝腎なときにいつも転ぶんだ」、な~んてどこかのどなたかの発言も脳裏を掠めます。

 1キロから2キロごとくらいでしょうか、道端の木や柵につかまって下半身の屈伸とストレッチを繰り返す、なぜか歩くことはしない。ただただ足元を見ながら歩みを進める・・・早くレースを終わらせたい。
 35キロのラップが34分13秒。
 もう止めようよ、と訴える声は全身、どこからも聞こえてきません。ただただ、早く走り終えたい、それだけでございました。どれだけ多くのランナーに追い越されたことでしょうか。それを無念に思う気持ちはいささかも浮かんでまいりません。
 40キロのラップは39分12秒。
 この凋落ぶり、無残という感慨も湧いてはまいりません。

 「ここを曲がればゴールが見えるよ、さあ、頑張って」
 道に出て大きな声とジェスチャーで励ましてくれるおじさんがいらっしゃったのが41キロ地点。 確かにここを左へ曲がるとゴールの陸上競技場が見えてまいりました。
  「あと1キロ」の表示を目にすると自然に足が動きを早めます。競技場に入ると気持ちの良いアンツーカーのグラウンドです。
 この感覚がまた足の動きを助けるんですなぁ。
 最後の100メートルほどはそこそこにスパートしてしまいました。 これがいけなかった。

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 ゴール後に何か鼓動がおかしい。胸のあたりに不快な感じが致します。
 でもって、頚動脈に指をあててみるとわけのわからぬ不整脈が伝わって参ります。
  トン・トン・ト・ト・トン、トン・ト~ン・ト・ト・ト~ン・トン・・・
  指から伝わてくる拍動は早い規則的なものか、と思っておりますとひとつ飛び、ふたつ飛び・・・間隔は不規則に早くなったり、遅くなったり致します。
 心房細動の4文字が浮かんできます。
 あれほどしっかりやったアブレーション治療で治癒したはずなのに、なんで今頃・・・今になって再燃かぁ?
  しゃがみ込んで静かにしていると脈は規則正しいリズムを取り戻します。
 でもときどき飛ぶ。どうやら期外収縮が出ているらしい。
 と思っていると、飛んだあと、次の拍動がなかなか来ない。
  気分が悪くなり、近くのいすに座ると頭がくらーっとしてあたりが夕焼けのように赤みを帯びて血の気が引いてゆく感じが致します。
 こりゃあ、ヤバイ。アダムス・ストークスじゃねえかぁ?。
 (心臓からの血液の拍出量が一時的に減って脳への供給が落ちて意識障害を来す状態をアダムス・ストークス症候群と呼び申します。)
 ・・・ホントに?
 一瞬のことでした。 しばらくして脈は規則性を取り戻し、それまでやたら早くなったり遅くなったりしていた心拍数も80くらいにおさまってまいりました。
 ゴール後15分くらいの間の出来事だったでしょうか。

 北海道マラソンでは最後、頑張ってスパート致しました。それが原因だったのかどうか、ゴール後に不快な不整脈が現れたものでございました。
 それも一過性で、その後のレースではシドニーマラソンでも宮崎の青島太平洋マラソンでも苦しかったわりに不整脈は出現しませんでした。
 アブレーションの後も時々出現する上室性期外収縮(ブロックされた期外収縮なんぞもありましたっけ)やウエンケバッハの不整脈など、わたくしめにはどれも、タイミングとしては自律神経の混乱とともに起きているようでありまして、食後とか、就床後とか、副交感神経が優位に立って働き出すシーンが多いように思われるのであります。
 と致しますと今回のイベントも、29キロ地点くらいまでは自分の余裕のあるところで、副交感神経が適当に交感神経となれ合って、そこそこ均衡を保っていたのが、最後のスパートによってドーパミンが噴出し、交感神経のお尻に火をつけ、自律神経の嵐を惹き起こした、のかどうか・・・真実はわたくしめには判りかねますが、風邪で体調不良と言うのはこういうことなのかと、身に沁みて思い知った次第にございます。

 Dsc_0226                      ゴール付近で。昔のお姉さんたちによる優雅なハワイアンダンス

 たかが風邪と言っても犯人たるウイルスどもの中には、ウイルス性心筋炎だの、ウイルス性脳炎だのという物騒な事件も起こしかねない奴らめもございますれば、矢張り、風邪に罹ったら、早めに葛根湯を飲んで(いっしょに酒も呑みました)、栄養を充分摂って(カーボローディングでしこたま食べてました)、あとは安静(これだけが守れなかった。悪い患者であります)・・・・・・
 皮肉なことにこれだけ苦しんで記録は4時間19分06秒。目標範囲内に留まっているではありませんか。

 完走メダルを前に教訓でございます。ごくごく当たり前のことではありますが、
 「皆さん、体調の悪いときは出走せず、また途中棄権する勇気を!」
  そして繰り返し強調致したいことは、
 「賢明なランナーの皆さん、そして良い子の皆さん、決してこういうワルイおとなのマネをしないでください!」
 ・・・・・おあとがよろしいようで。

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